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絶対に正解できなかったクイズについて

僕がクイズを始めたのは14歳。ということはクイズを始めて30年以上になる。もう今となっては面と向かってクイズの勉強することも(2021年9月の『アタック25』最終回を除いて)ほとんど無くなってしまった。

とはいえ、職業柄、今でもテレビ、ラジオ、YouTubeなど、今でも様々なメディアでのんびりとクイズを楽しませていただく機会が多いのは、本当にありがたいことだ。先日も『そこを曲がったら、櫻坂?』『ダウンタウンDX』『インテリ芸能人とロケしたら想像以上にウザかった』など、いろんな形でクイズを出したり答えたり、楽しませていただけているのは僥倖である。

そんな僕の30年以上の歴史の中で、おそらくどんなコンディションであろうとも正解できなかったであろう、そんな1問を経験したことがある。

しかも、その1問というのは、何を隠そう「YES NOクイズ」なのである。知識が無くても、勘だけで、50パーセントの確率で正解できるクイズだ。ところが、もし現在の僕があの頃にタイムスリップしても、ありとあらゆるキタナイ手段(どんなのだ笑)を駆使しても、絶対に正解できないであろう1問を紹介したいと思う。大丈夫か、ここまでハードルを上げて。

その1問こそ、「指紋」にまつわるクイズだ。人間の指先にあって、一生変わらなくて、サルにもあるやつである。

その運命の1問は、今からちょうど30年前の夏。1994年『第14回全国高等学校クイズ選手権』全国大会で出題された。舞台は、東京都新宿区の京王プラザホテル。そういえば、その全国大会1回戦は「替え歌づくり」。あれは果たしてクイズなのか(笑)。でも実は僕個人は気に入っていたりする。あの場にいられて、本当に面白かった。あの1回戦については放送されていない部分で本当に豪華だったり、形式に工夫がなされていたりなど、色々と面白いウラ話も多いのだが、文章が長くなるので、ここでは割愛する。ちなみに僕は「梅宮辰夫さんと羽賀研二さんの歌」「朝食抜いてから8時間」が好きだ。テレビで見ていた感じでは四国・岡山ブロックの予選のもようがオーバーラップした徳島県立鳴門高校の歌が見事だった。

閑話休題。全国大会進出49チームのうち、その1回戦では半分近くのチームが落ちた。僕たち浜松北高校のチームも敗退した。しかし、例年通り、MCの福澤朗さんから「敗者復活」が告げられ、僕らにとって絶対に負けられない戦いが始まった。ここで負けたら本当に敗退、故郷に帰ることになる。

行われたクイズは、人呼んで「旋律(戦慄)のYES NOクイズ」。まあ早い話が敗退チーム全員参加の、札上げ形式の5ポイント先取のYES NOクイズである。僕らは「早押しクイズであれ!」と願ったが、二択で、ちょっと運の試されるクイズになってしまった。とはいえ、当時、この段階で出されるYES NOクイズは「運」よりも「知識」が試されるもののほうが多かったため、僕らは不思議と楽観視していた。なにしろ2回戦に進出できる勝ち抜けチーム数は49チーム中40チームなのである。この時点で負けているチーム数は26チーム。ここから17チームも勝ち抜ける。さすがにクイズであれば、どんな形式であろうと負けないだろう、とこの段階では思っていた。

ところが、である。ルール説明を聞いて僕らは凍り付いた。先の「替え歌クイズ」の段階で、(放送上はカットされているが「部門賞」といったものなど色々とあり)ほとんどのチームにはアドバンテージが与えられていた。それらをポイントに換算して敗者復活が行われるのだ。我々の高校はクジ運などなどが悪かったこともあり(一番悪かったのは「態度」だという説もある)、アドバンテージはゼロ。つまり、僕らはしっかり5ポイント取らないといけないと勝ち抜けられないのだ。他の多くのチームは3~4ポイントでOK、中にはたった2ポイント正解で復活できるチームもいた。やばい! 下手すれば、4問で決まってしまう可能性すらある。0ポイントからスタートするチームは、我々以外に、鹿児島ラ・サール高校など、数チームしかいなかった。

一問も落とせない敗者復活戦が始まる。まずは1問目。
「過去のグラミー賞の部門賞をトータルで最も多く獲得しているのは、マイケル・ジャクソンである。YESか、NOか?」

グラミー賞? マイケル・ジャクソン?? 全然わからないが、僕らは「NO」という答えを出した。敗者26チーム一斉に札を上げる。でも割と自信はあった。前年は「エリック・クラプトンのグラミー賞の受賞」で話題になっていたこともあり、同じくミュージシャンでシンガーでもある「マイケル・ジャクソン」というのは、きっと問題作成者の分かりやすいウソだろう。しかも1問目なので、視聴者が「やられた!」となる易しい問題でもあるに違いない。それに、もしグラミー賞最多がマイケルだったら、クイズを山ほどやっていた僕らとて、さすがに知っているはずだ。敗者26チームが出した答えは、YESとNOのほぼ半々に割れた。

正解は、NO! まずは一安心。この山場が、あと4問続くのか! 福澤朗さんの解説を聞くと「イギリスの指揮者、ゲオルグ・ショルティの31回が最大です」などと言っている。「誰やねん!」と思いつつ、なるほど、音楽がらみの問題が出るのか(前年の全国大会1回戦が「料理作り」だったので、敗者復活も「食べ物」がらみのクイズが多かった。今年は「替え歌」なので「音楽」特集だったのだろう。僕らが自分たちで手にしている得点ボードは、正解すれば五線譜に音符を貼っていき、音符が5個になったら勝ち抜け、という趣向でもあった。そういえばタイトルも「旋律」だったし)。クイズのテイストもこういう感触か。とにかく集中力を切らさずに1問1問、クイズに対峙していこうと誓った。

2問目。「日本で一番早く『初日の出』が見られるのは、富士山頂である」という問題が出た。最初に思ったのは「うわー、これどっちだっけ??」、次に心の中でツッコんだのは「ほいで、音楽クイズちゃうんかい!!(笑)」
ちなみに、この最初の初日の出のクイズ、当時ではクイズゲームによって答えが割れるのが「あるある」であった。迷いながら「NO」を出したら正解でラッキーであった。高校生クイズの綿密なる問題リサーチでは「南鳥島が一番はやく、いくら3776mの頂上でも日本一ではない」という見解であったそうな)。なんと、2問目で勝ち抜けチームが出た。ちょっとイヤな予感がした。

そして、僕らは3問目で早くも痛恨のミス(ただ、この問題は9割以上のチームが間違えてなんとか助かった)。でも4問目「前年のNHK紅白歌合戦で勝った組は白組である」みたいな問題をほとんどのチームが正解(僕は超難問だと思ったのでビックリした。僕らのチームも、チームメイトの1人がなぜか確信ある答え=白組を覚えていた)。5ポイント勝ち抜けのルールでまだ4問しか終わっていないが、勝ち抜けるチームはどんどん増え、残り座席が減っていく。焦る。「0ポイント」からスタートしている僕らには、極めて分が悪い。

全身の力が抜けたのが5問目だ。
「オペラ『アイーダ』の作曲者はベルディだが、『蝶々夫人』の作曲者はマリノスである。YESかNOか?」

当時はJリーグブームだったから、「(読売)ベルディ」と「(横浜)マリノス」をかけたのであろう。でも、流石に『蝶々夫人』の作者が「プッチーニ」なのは常識だろう(笑)。この問題はほぼ全チームが正解し、残る座席は4チームになった。マジか。落ちるのは9チームだ。僕らも1問ミスったとはいえ、2~3問正解しているだけのチームに負けるのか・・・と思って右前方を見たら、鹿児島ラ・サールもやはり苦戦していた。

この段階で、13チームのほとんどが4ポイントで王手をかけていた。このうち9チームが負ける。次に難問が出て、僕らが少数派に入って正解すれば一気に2回戦にいける。しかし現実的には、次を取れば、ようやくサドンデス(同点決勝)進出といったところだろう。そうでない場合、僕らは死ぬ。全身全霊を傾けて、次の問題を聴いた。そして、この断崖絶壁で出されたのが、この文章のテーマになっている「絶対に正解できない問題」だったのだ。

「残りチーム・13チームに向けて、次の問題です。・・・13チーム、嫌な数字ですねぇ。残る座席数はあと4つ。4! 嫌な数字ですねぇ(笑)」

あの口調で、福澤さんが煽ってくる。勝者チームとスタッフの皆さんは笑っていたが、我々13チームは誰も笑っていなかった。そんな余裕など無かった。

問題!

指紋を、 英語では、 フィンガーマークという。 YESか、NOか?

福澤さんは、いつになく、ゆっくりと問題を読み上げた。僕らは、一言も聞き漏らさないように一文節ずつ、ゆっくりと聞いた。そして、僕は「英語では」を聞いた段階で、メチャクチャ安堵したのを覚えている。その先「フィンガープリント」と言ってくれ、と心の中で祈ったことも覚えている。でも福澤さんは「フィンガーマーク」と言った。まあ、同じことだ。NOを上げればよい。

この番組は『高校生クイズ』だ。自分で言うのもなんだが、浜松北高校は静岡県内では進学校のひとつである(とされている)。1年生の頃から、英語の授業では、膨大な量のサイドリーダー(英語の副読本)の宿題が出ていた。その中に「指紋」を意味する英単語が出てきて、脚注にハッキリと書いてあったことを3人とも記憶していたのである。指紋は、英語で「finger print(フィンガープリント)」というのだ、と(多くの場合は複数形で使う)。「フィンガーマーク」と絶対言わない可能性も無いわけではないが、指紋の直訳ではない「フィンガープリント」という情報が面白い問題なので、そんなに捻った問題は出ないだろう。

崖っぷちにいる僕たちを、最後の最後で、神様は救ってくれた。生意気ながら、僕らは「フィンガーマーク」かー、まあ「ひっかけ」にしては、ちょっと安易だなー、とか思いながら(イヤな高校生だ(笑))、しっかりとYESとNOの札を確認して、勝ち抜けを確信しつつ「NO」の札を上げた。

シンキングタイム中には、小声で3人で「まずは首の皮一枚だな」と3人で囁き合った。正解発表をする福澤さんの口元を見つめて、勝ち抜けたらどっちに行くのかの動線を目で追い、ガッツポーズの準備をする(やっぱりイヤな高校生だ(笑))。とはいうものの、やはり心のどこかで「指紋」のことをどこかの英語で「finger mark(フィンガーマーク)」と言う国があったらイヤだなあ、とチラッと頭をかすめる。でもやはり現実的ではない感触のほうが強かった。

僕の記憶では、ここでかなり、福澤さんが正解発表までに「タメ」を作った記憶がある。

正解は・・

YESです!!

えっ!? 心から思った。当時『生ダラ』で大人気の福澤さんのことだから、「と思いきや、答えはNOです」と言うのだと思った。当たり前だが、そんな雰囲気ではない。どうするんだろう、撮り直しがあるんじゃないか、とさえ思った。そして、さっきからの懸念が、脳内を支配し始めていた。

福澤さんは続ける。指紋は、英語で「フィンガーマーク」、あるいは「フィンガープリント」ともいうのです。

決して慢心していたわけではないが、心の片隅にあった、ざわっとした違和感が現実になった。「フィンガーマーク」とも言う場合はどうしよう? というザワっとした あの違和感。マジか。膝から崩れ落ちた。

その先のことはあまり覚えていない。舞台の後ろの緞帳、デカいなあ。「ALL JAPAN HIGH SCHOOL QUIZ CHAMPIONSHIP」って書いてあるなあ、英語だなあ、フィンガーマークっていうのかー、そうかー、そのまんまやなー、まあそれはそれで面白いかー、そうなのかー、せめて放送してほしいなあ、学校のみんなにこのシーンだけは見てほしいなあ・・・なんか放心状態だったのだけは覚えている。

その先は、4チームによる同点決勝が続いていて、僕らはボーっと見ていたが、最後の最後に、佐賀県代表と、鹿児島県代表の九州勢が2チーム勝ち抜いた。そう、僕らと同じく0ポイントからスタートした鹿児島ラ・サールは、壮絶な同点決勝を執念深く戦い、最後のイスに滑り込んだのだ(VTRを見れば分かるが、彼らが勝ち抜けたときの気迫たるや怖いものがある。東明館高校の女性チームがあんなに正解発表前に懸命に祈っているのも、それくらいの激闘だったからなのだ。彼女たちが復活して泣いているのを見て、そりゃ泣くよなあ、とテレビの前で思ったものだ)。僕らと同じ悪条件のなか勝ち上がったわけだから、本当に完敗だ。そういえば僕らは予選の全国統一100問ペーパークイズが全国2位の成績だったらしいが、唯一負けたのが鹿児島ラ・サールだったと聞いた。完敗×2だ。敗者復活戦のすべてが終わり、福澤さんによる9チームの敗者インタビューを1チームずつ受けたあと、カメラの回っていないところで鹿児島の3人と抱き合って「おめでとう」と伝えたのを覚えている。あの3人はどうしているだろうか。

この文章のテーマに戻る。あの場面では「指紋=フィンガープリント」を一度でも知ってしまっていた場合、絶対に正解できない。正解できるとしたら「フィンガーマークともいう」ことを知っているか(でも英語的には現実的ではない)、何も知らない場合しかない。知らなければYESかNOか半々の確率だし、〇×クイズ理論で素直に解けたかもしれない。でも英語では「フィンガープリント」と言うという確固たる知識がある場合、あの絶体絶命、土壇場の場面では「まさか」に備える博打は打てない。

だからといって「問題が悪かった」というつまりは毛頭ない

クイズ研究会が台頭していた時代。あの1問はもしかしたら、その「クイズ研究会つぶし」の、スタッフ渾身の1問だったのかもしれないが、もしそうだとしたら、スタッフに対して心からの拍手を送りたい(嫌味でもなんでもなく)。あの球の配列は見事だったと思う(マリノスはどうかとは思うが笑)。あそこまで崖っぷちに追い込んでの「指紋を英語では」の問題のチョイス。絶妙にもほどがある。

まあしかし、3問目で間違えたのはマヌケだった。9割以上のチームが間違えた3問目は「音を楽しむところから『音楽』と名付けたのは、滝廉太郎である」というもので、冷静に考えればNOに決まっている(実際に正解はNOで、『続日本紀』に載っているのが最初らしい)。しかし、1問目・2問目と同じパターンのNOが続いたあとに、3連続でNOを出す勇気がなかった。本当の敗因はこっちだなー。出目勝負は必ず死ぬ、と仰ったクイズ王がいらっしゃったが、至言であった。あと、問題作成のプロの立場になってみると分かるが、この問題文は実に巧みであり(なにしろ「名付けた」である。「考えた」とかだったら途端にウソくさくなる。さらに「音を楽しむところから」という前フリまで足して、3問目まで来てそこまで重ねるんだったら、きっとYESだろうというニオイがプンプンするし、あの場にいたら魔法にかけられてしまう、正しく言えば「術中にハマってしまう」)、このときの福澤さんの読み方も、YESに誘導するような、神がかった素晴らしい読み方だった。

もうひとつ、折角だから恥ずかしい話を晒しておこう。最後の東明館とラ・サールが抜けた最後の問題をボーっと見ていた僕だったが、一応あの場にいたらどうだっただろう、という感じで見ていた。問題は
「野菜のオクラ。オクラとは、英語である。YESか、NOか」僕の解答「これはNOだろうなあ。オクラの和名は『オカレンコン(陸の蓮根)』だから、間違いなく「オカレンコン」が訛って「オクラ」になったに決まっている。だから日本語由来だ。第一、英語で「オクラ」なんてどんなスペルを綴るんだ。まあ百歩譲って、イクラと同じくロシア語あたりなんじゃないかな」などと思っていた。うーむ、我ながら素晴らしい推理だ。福澤さん「正解は、YESだーーーー!」

okra と書くらしい(←それぐらい知っとけ(笑))。

現在東京に住んでいる僕は、西新宿の京王プラザホテルの前を歩くことが多い。あの場所を歩るくと、どうしてもこの日の顛末が思い起こされる。ホテルの入り口の前を通り過ぎるたびに、僕は今でも、自分の手の指先をじっと見つめて、「あ、フィンガーマークだ」と思うのである。
日が経てど  日が経てどなお  わが青春  思い起こして  ぢっと手を見る。

(おまけ)
この記事を書き終えて、念のためというか、興味があってというか、手元にあった研究社の『コンパスローズ英和辞典』を引いてみた。

finger mark (名)(汚れた)指跡。

載ってないやんけ!(笑)





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