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もう少しゆっくり考えませんか?

昔、高齢者に何かの説明をしていた時のことを思い出した。
「もっとゆっくり話して。早く言われると頭が痛くなる」と・・・

正直、その時は「え?こんなにゆっくり説明してるのに、なんでそんなこと言われるの?」アラカン前の今になって、やっとその意味が分かってきました。

原因としては、ある程度の難聴があるかもしれません。相手の声が聞こえにくくて、必死にチューニング中。それなのに、説明の話はどんどん先に進んでいく。追いつくのが大変!!だから頭が痛くなる。

それプラス今までの経験と照らし合わせながら理解しようとするから、今度は思考のチューニングにも時間がかかる。こういうのが、お互いのズレになってストレスになるのでは?

そのストレスが溜まると、感情的になってトラブルに発展することもある。これって、けっこう大事な問題であり今よく聞く「切れる老人」なのかも。

今の世の中ってスピードが命みたいですね。そこからこぼれちゃう人(自分も含めて)は生きづらいんじゃないかな。だから思うんです。「もう少しゆっくり生きませんか?」と。

最近、この高齢者の方からの「苦情」みたいな言葉、すごく実感しています。耳が聞こえにくくなったり、知覚が落ちたり、動作がゆっくりになったり。これって誰もが通る道。

でも、若いうちはピンとこないもの。体験しないから理解できない。たとえ一時的に体験しても、元の体に戻れば「のど元過ぎれば熱さを忘れる」みたいな感じで、その不自由さを忘れてしまう。

もしかして、高齢者の方って、実は自分を守るために、あえて世界を狭めているのかもしれない。それが生きるための技術なのかも・・・

結局のところ、私たちみんなが通る道。
今は忙しくて大変かもしれないけど、ちょっと立ち止まって考えてみませんかね?
相手の立場に立って、もう少しゆっくりコミュニケーションを取ることの大切さを。

これって高齢者だけではなく全般的に言える事ではないか?と・・・

そうすれば、きっと世代を超えた理解が生まれて、みんなが住みやすい社会になるんじゃないかな。
そんなことを、最近よく考えています。


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