参議院予算委員会公聴会での中室教授の公述に関する若干の意見


 3月8日の中室教授の予算委員会公聴会におけるご発言の原稿及び動画を拝見いたしました。(最初から最後までちゃんと見ました)

納得できる部分、納得できない部分がありましたので、社会福祉学の観点及び所得制限組当事者の立場から若干の意見を申し上げます。
一点目、「保育所の役割がここ15年福祉から共働き家庭へのサポートへ変化した」というご発言については先生の認識違いがあるように思います。
保育は福祉です。社会福祉学の観点から見ても保育の歴史から見ても親の所得関係なく、保育所は福祉としての位置づけです。幼稚園と違って保育所は労働市場が女性を労働力として必要としているため、働いている間子供の育ちと発達を保障するために設置されたという歴史があります。これは昔も今も変わりません。労働力不足を補うための女性活躍なのに、性別役割分業により未だ女性の地位が低いのも問題だと思います。

二点目、「財政状況が極めて厳しい中では、高所得世帯ほど手厚い再分配を行うことは国民の理解を得られない」というご発言についてですが、考慮すべき点が一部抜けているような印象を受けました。高所得世帯といっても多子世帯、障がい児のいる世帯、要介護者がいる世帯、一人親の世帯、単身赴任で二重に生活費がかかっている世帯、奨学金の返済を抱えている世帯など、世帯の数だけ事情があります。また、都市部における住居費や子供の教育にかかる支出も考慮されていないように思います。単純に所得だけで線引きをし、家庭の事情を全く考慮していない所得制限が果たして本当に国民の理解を得られているのでしょうか。

三点目、「必要な人に必要なだけの支援を迅速に届ける」というご発言について、これが出来たらどんなにいいことでしょう。
「必要」の判断基準の根拠を出すためのビッグデータもないのに、「真に支援の必要な子供」の判断基準を設けるのはとても難しいと思いませんか。上記でも申し上げましたとおり、世帯の数だけ事情があります。特に、中間所得層は何かしら「恩恵」を受けないとただ出ていくだけなので、この度の特例給付の廃止により制度の隙間にある「真に支援の必要な」人達が支援から除外されたり、所謂低所得層との逆転現象が起きたり等の制度の罠が浮き彫りになりました。
「雇用状況や家族構成にも配慮して、必要な支援を」とのご発言もありましたが、マイナンバーカードの制度が始まってから何年も経っているのに未だに四月になると雇用状況を証明する書類(保育所利用のため)を山ほど書かされています。日本の亀のようなスピード感ではビッグデータ解析に基づいた判断基準の設置等、夢物語だと思います。わたくしの予想がいい意味で裏切られるといいのですが。まだ分析できるデータもお手元にない状況で高所得世帯が一概に手厚い恩恵を受けていると結論づけるべきではなかったと思います。それより、税制と社会保障の給付が本当にこのままでいいのか、是非先生のご意見をお聞かせください。

四点目、「もっとも費用対効果が高いのは、子供の教育と健康への投資」というご発言の際にご提示された論文は大変貴重な資料だと思います。
子供への教育や健康へ投資する政策が、子供が成人後初期の支出を回収できるという結果が明らかになった以上、経済学的な観点からも政府は子供への投資を積極的に行うべきだと思います。内閣府のウェイブサイトに公開されている資料には、日本は現金給付、現物給付を通じての家族政策全体の財政的な規模が対GDP比で1.04%と、欧州諸国に比べて小さいことが分かります。家族政策対GDP比での支出を欧州諸国並みに増やすことは日本にとって費用対効果のいい投資と言えるのではないでしょうか。

一方で、このような経済の論理では子供を未来の労働力という前提で育児のコストを計算しているので貢献原理がベースにあります。そのため、貢献できる人、出来ない人の線引きの問題が出てきます。例えば、生まれつきハンディを持っている子供は、もしかしたら一生働くことができないかもしれない。となると貢献できない側になるので、経済の論理からすると費用対効果が悪いということになります。福祉の観点からは、人を役に立つか立たないかで線引きすることは基本的人権を無視した極めて危険な考え方とも言えます。建て前的な意見でもなく、経済に偏りすぎた意見でもなく、バランスの取れた見方が重要かと思います。

いろいろ反対意見を申し上げましたが、「プッシュ型支援」や「予防的介入」、そして「人への投資の効果を高めるために何よりも注力すべきは、教育の質の向上」とのご意見には賛成です。おっしゃる通りだと思います。
実際横浜市の場合、ここ数年保育園はたくさん増えましたが、保育士不足が深刻です。待機児童を減らすために保育園を増やし、福祉の向上を図っている国と自治体の努力は素直に評価すべきだと思いますが、次のステップとして、国と自治体には是非質の高い教育に力を入れていただきたいと思います。教育者が定着しないとそれは質も毎年変わるでしょう。そのためには保育士の待遇改善が急務ではないでしょうか。
実際、待遇面で折り合いがつかず保育士を辞め、他の職についたケースが私の周りには結構多いです。保育現場のリアルを説明するため、横浜市で保育士として働いている友人から頂いたメールの内容を一部展開します。
「人を確保してもらいたい。これにつきます。
とにかく薄給で、資格手当をいれても東京都のほうが断然待遇が良いので、どちらでも務められる人は東京へ吸い取られていると思われます。神奈川県は園ばかりが増えて、どの園も人手が足りていません。そのため保育への理想を持っても時間に追われることが多いです。
時に園のスタッフだけでは回らず、本社のスタッフが応援に入ることもしょっちゅうあります。園児にはのびのびと過ごしてほしいし、お友だちともぶつかり合って行くことで自分の力にしてほしいと思うのですが、時間に追われているとそうも行かず、園児たちはみんなと同じように動くことをのぞまれてしまいます。保育の理想からはどんどん離れていっているなと日々感じています。もっと一人ひとりに時間をかけたい!」
保育士の待遇改善による人員確保が結果的に質の高い教育へつながると思います。

経済学の観点からすると先生の主張は正しいかもしれません。
しかし、各世帯の家族構成や経済的な事情を十分に考慮せず一概に高額所得者が手厚い「恩恵」を受けているといったこの度のご発言は、残念ながら制度の隙間で支援から除外された多くの子育て世帯に悲しい思いをさせ、更に肩身が狭い思いをさせる結果となりました。

子供の権利条約第2条の「差別の禁止」にお金持ちであるかないか、親がどういう人であるか、などによって差別されないと明記されているように、子供の権利は平等です。障がい、親の収入、国籍等関係なく、みな社会の中で育てられるようにするにはどうしたらいいかを考え、市民が納税を通じてそれを後押しする、というのが理想だと思います。「その家庭の子供」、ではなく、「社会の子供」という分かち合いが超少子高齢化社会の今の日本では大事ではないでしょうか。

 最後に一つだけ言わせて頂きます。子育て支援を受けることは「恩恵」ではなく、権利です。

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