
プロジェクトの全体像はどのように表現すれば、わかりやすくなるのか?
プロジェクトマネジメントの要諦は全体像をつかむこと。タスクリストやガントチャートでは把握しえない要素間の依存関係やボトルネックなどの把握が重要ですが、それを表現するのは至難の業。
2021年11月、政府が新型コロナウイルスの第6波に備え、対策の全体像を公表したというニュースが流れました。全体像という言葉は仕事をしていると耳や口にする機会が多いです。全体像をつかむ・理解することよって実行力が上がるとか、何から取り組めばいいかわかりやすくなるといったメリットはよく語られますが、そもそも全体像はどのように表現すれば理解しやすくなるのでしょうか?
コロナウイルスの第6波の全体像を伝えた各メディアの表現形式を題材に、全体像の表現形式について考えてみました。
プロジェクトの全体像とはなにか?
全体像とは、物事の全体的なイメージや全貌を指します。つまり、ある事柄や状況において、部分的な要素だけではなく、その全体を見渡すことで得られる総合的な理解のことです。
例えば、プロジェクトを進める際に「全体像を把握する」ことは、個々のタスクだけではなく、全プロジェクトがどのように進行しているかや、全体の目標が何であるかを理解することを意味します。
プロジェクトの全体像をつかむためのレベル
全体像と一口にいっても、要素が固定的で全体の構造が安定している静的な全体像もあれば、要素間の相互関係が密接で、他の要素の影響を受けて構造が変化していく動的な全体像もあります。
つまり、全体像をつかむにも簡単なものもあれば難しいものもあるということです。この記事ではその難易度をレベル1から3に分けてみました。
レベル1.全体像を構成している要素がわかる
レベル2.施策を行う理由がわかる
レベル3.要素間の関係性がわかる
そして、上記のレベルごとの解説を、2021年に政府が発表したコロナ第6波に備えた対策の全体像を題材に解説していきます。
レベル1.全体像を構成している要素がわかる
私が第6波の全体像のニュースを最初に見たのは日経新聞でした。記事では、医療提供体制の強化、ワクチン接種の促進、治療薬の確保、日常生活の回復の4つの柱で「全体像」は構成されているとして、4つの柱別の施策の図表を記載していました(下記記事内の図表をご覧ください)。
全体像のポイントを示す図表は、毎日新聞では「医療体制の強化」「ワクチン・検査」「治療薬の確保」と3つに分類していましたが、各社似たような分類になっています。
プロジェクトマネジメントの全体像をつかむためのツール「プ譜」
ここから全体像のわかりやすい伝え方を考えるために、「プ譜(プロジェクト譜)」というフォーマットをつかって整理していきます(※プ譜についての詳しい説明はこちらの記事を参照ください)。
「カテゴリー別の施策を表にする」という表現形式を、日経新聞の記事と図表を元にプ譜に落とし込むと下図のようになります。

このようなカテゴリー別で表現したものをレベル1とします。この形式では、コロナ第6波対策のために行う施策が、カテゴリー別で一目でわかります。言い方を換えると、全体像がどのような要素で構成されているか?がわかるようになります。
ただ記事の中では目標実現のために「する」ことは書かれていても、それらの「すること」が何のために、どのような理由で行われるのか?がわかりませんでした。上図のプ譜でも当然それはわかりません。
第1波からのコロナ対策を注視・把握している人であれば、そうした情報は不要かもしれませんが、そうではない人が全体像を把握する目的でこの図を見ても、全体像を把握したとは言えません。
レベル2.施策を行う理由がわかる
続く11月13日、「第6波」対策、実効力なお途上 医療人材確保欠かせず という記事が日経新聞に掲載されました。この記事では、第1波から抱え・生まれてきた課題に対し、前日のニュース記事で紹介した施策を打つ理由が解説されていました。
この施策を打つ理由を、最初に書いたプ譜に追記したものが下図になります。

全体の目標に対して、「なぜそれを行うのか?」「何のために行うのか?」がわかれば、担当者がその施策の実行の仕方を自ら考案したり、実行上の注意点を発見したりすることもできるでしょう。
施策を行う理由や背景がわかることで、全体像の理解が一歩深まると言えます。このような理由がわかる表現をレベル2とします。
なお、記事のタイトルにもあるように、全体像は示されたものの、それが実行されるためには医療人材確保が必要であることが指摘されています。
しかし、政府が発表した全体像では医療人材の確保についての説明はなかったのか、各社の図表には医療人材確保に関する記述はありませんでした。
※2021年12月7日に、厚生労働省のホームページで「今夏の感染拡大を踏まえた保険・医療提供体制の整備(各都道府県における保健・医療提供体制確保計画の策定)」という資料が公開されていました。この資料では人材確保について触れらていますが、それをどのように実行するのかについては記載がありません。
分析的な表現形式の問題点
ここまで全体像を構成する要素がわかり、それぞれの施策を行う理由がわかりました。
医療体制、ワクチン、治療薬、検査などそれぞれのカテゴリー担当者が単独で課せられたタスクを遂行、すなわち目標数の病床や治療薬を確保し、3回目のワクチン接種体制を整えるなどすれば目標が実現するのであれば、求められる全体像はここまでで良いでしょう。
個々の要素において解決されるべき「問題」、または達成されるべき目標は明確です。部分(各カテゴリー)の要素の成功を合わせれば「全体」の目標が達成する。このような性質(の問題やプロジェクト)は分析的な全体像の表現形式で十分です。
しかし、取り組む問題やプロジェクトが要素を単独で見るのではなく、要素間の関係性・相互の影響を文字通り全体的に見なければいけない性質の場合、全体像はカテゴリー別の表現形式では把握することが難しくなります。
どの要素から取り組めばよいのか?
要素がどのような状態になったら別の要素の取り組みを始められるのか?
ある要素から別の要素に連携するときの注意点は何か?
こうした要素間の複雑な関係を把握できる表現に変えていく必要があります。これをレベル3の表現形式とします。
また、分析的な全体像の表現形式だと、それぞれのカテゴリー担当者が自分の分限のなかだけで思考・行動しがちになります。
全体の進行に責任を負う者が、カテゴリー間の行動が噛み合うように指示を出しても、要素間の関係性がわかりにくい表現形式では、全体の意思を部分に浸透させていくことが難しくなります。
レベル3.要素間の関係性がわかる
各構成要素の総和以上になるような問題・プロジェクトに適した全体像を表現するためのカギは、カテゴリーで分けるのをやめて、「状態」で表現することです。
まず、「コロナ第6波対策をする(医療崩壊を防ぐ)」という目標を実現しているとき、「コロナ未感染から軽症・中等症・重症という症状に合わせて、医療や検査などがどのように提供されているか?」という未来の状態を定義します。これが下図の「勝利条件」に入ります。ここでは、「コロナ未感染から感染症状に応じた対策・体制が整っている」と表現しました。
ちなみに、この勝利条件の表現いついては、後日時事ドットコムニュースで、
“「ワクチン―検査―治療薬」の流れで感染を抑えつつ、コロナウイルスの感染力が2倍になって再拡大を招いても医療を提供できる体制を整える”
という表現がありました。個人的にはこちらの表現の方が具体的でわかりやすいと思います。
全体像のカギを握る「あるべき状態」の定義
勝利条件を定義したら、次は全体を構成する諸要素の“あるべき状態”を定義していきます。プ譜ではこれを「中間目的」と呼びます。
例えば、医療体制であれば、「病床が効率的に運用されている」という状態。ワクチンであれば、「感染者が軽症、中等症で済んでいる」という状態で表現します。
状態は固定的で不変ではなく、動的で変化していきます。感染していない(感染しているかがわからない)状態から感染後の症状の状態へ移行していくプロセスを、中間目的の列に下から順にプロットし、縦の線でつないでいきます。
そしてその状態を実現・維持するための施策を横線でつなぎます。
このプ譜をつくるなか、その他のメディアで病床確保が簡単にはいかない事情や治療薬を使用する際の注意点などを調べ、それを左端にあるスペースに追記していきます(この記事ではこは詳述しません)。

状態で表現することの利点
状態で表現し、状態の変化のプロセスをプロットすると、それぞれの施策がどんな状態を実現するために行われるのかという理由がわかるだけでなく、何から取り組めばいいかも、要素間の関係性もわかりやすくなります。
コロナ病床数を増やせば問題が解決するはずもなく、そもそも症状を軽く抑える、感染させないことの必要性がわかりやすくなります。
これはコロナを長く経験している私たちにとってわかりきっていることですが、重症患者の治療は軽症・中等症患者よりも人手を取られてしまい、結果的に軽症・中等症患者に人手を回せなくなったり、医療従事者にとっては重症者治療が続くことによって心身に重い負担がのしかかり続けることになります。

治療薬(飲み薬)と検査の関係性をみてみましょう。
メルクの飲み薬は発症後5日までに投与する必要があるそうですが、発症してから5日までに投与するには、迅速な検査結果と通知体制が不可欠です。
飲み薬チームだけが頑張って調達しても、検査結果が遅れていたら飲み薬チームの仕事の価値がなくなってしまいます。
カテゴリーを越えて、それぞれの状態を実現するために、カテゴリー間の連携が必要であることがわかりやすくなります。

全体の目標のなかで部分がどのような関係になっているのかがわかると、自分が担当する要素・実行する施策を、関連する要素が実現しやすいように実行しようという建設的な思考になります。
ただ「検査を早くせよ」という指示・号令だけでは現場の気持ちがついてきません。相互の事情を理解し得ないまま、個々の目標は達成しても、全体の目標は実現しないという結果になってしまいます。
要素の関係性は、特定の状態になっていないと次の状態に移れない。逆にいえば、次の状態に移れば前の状態の作業は行わなくてよくなる「順序」的なものもあれば、関係する相互の要素の状態が歯車のように噛み合い続けなければいけない「維持・継続」的なものもあります。
状態の表現のコツは「〇〇になっている」と書いてみること
「○○になっている」或いは「○○になっていない」という状態で表現することは、「その状態を実現するために何が必要か?」をより具体的に考えることを促します。
今出ている施策だけで十分なのか?その施策をどのように行えば状態が実現されるのか?など、最初に描いた全体像の漏れ抜けに気づくことができます。
例えば、最初にコロナ第6波対策の全体像が報じられたニュースでは触れられていなかった、医療従事者の確保をどのように行うのか?陽性判明翌日までの連絡はどのように行うのか?などの不明点が出てきます。
また、最初に考えた、或いは所与のものとして捉えていた施策以外の有効な施策を思いつくこともあります。早く検査をするために、今の検査方法を見直し、変更したほうがいいのではないか?という考えも生まれます。(但し様々な事情で“わかっていても”できないことが多々あるようですが…)
施策は選択肢にすぎない。
なお、状態で表現することに慣れると、施策は選択肢であるということがわかってきます。状態を実現するための施策は色々あって、それが自分たちの環境、人材のリテラシーや数、与えられている予算や時間、法律やルールなどによって採用できる施策が変わることに自覚的になれます。(大規模簡易療養施設やドライブスルー検査など各種の手段・方法があるが、条件・思惑・法律・利害関係などで採用できない)

全体像の表現形式は色々ある。
この記事では、全体像を理解しやすくするための表現形式について、プ譜を用いてコロナ第6波の全体像を例に考えてきました。プ譜だけでなく、表現形式にはWBS、アローダイアグラム(PERT図)、スケジュール表など様々なものがあります。
全体像を示す目的は、関わる人々が理解しやすくなるだけでなく、実行スピードや質を上げ、全体的な目標を達成するためのものです。取り組む問題やプロジェクトと、関わるメンバーの特性に応じて、最適な表現形式を用いるときの参考になれば幸いです。
なお、全体像を表現したら、それはプロジェクトのメンバーと共有していくことが必要です。このメンバーと全体像を共有して合意形成していくプロセスについては、下記の記事で開設していますので、よろしければご覧ください。
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