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病気や障がいを抱える子どもたちの『体験格差』をなくすために何ができるか——当事者・学校・行政と考える「授業・学び事例とこれから」

病院からでも学校生活を送る「特別」を日常に——。2024年7月に開催された「ベネッセこども基金MeetUp2024」のテーマは、「当事者・学校・行政と考える 病気や障がいを抱える子どもたちの『体験格差』をなくすために何ができるか ~授業・学び事例とこれから~」。サイボウズ東京オフィスとオンラインで行われたこのイベントでは、教員や医教連携アドバイザー、小児がん経験者らがそれぞれの経験を報告し合った。

治療中の子どもたちは「教育より治療が優先」と言われ、本人が希望していても、学校生活との距離は生まれがちだった。そこにはどのような「体験格差」があり、そうした格差をなくすための取り組みは、いま、どのように進んでいるのだろうか。(笹島康仁)

※投影資料の一部は こちらに公開しております


「没入感」と「自分のペース」を両立

はじめに登壇したのは、一般財団法人ニューメディア開発協会の平出順二さん。病院と学校をつなぐ実践を、技術面から支えてきた一人だ。

一般財団法人ニューメディア開発協会の平出順二さん

ニューメディア開発協会では、離れた場所からロボットを操作して学校の場に参加できるアバターロボットや、作品展示会をメタバース、デジタルツイン上で開催する実践を続けている。「離れた場所にいても、あたかもその場にいるような没入感を得られること」が、こうしたデジタル技術の特徴だという。

アバターロボットのメリット(平出さんのスライドより)

ビデオ会議システムを使ったオンライン授業は普及しつつあるが、アバターロボットを使えば、カメラの向きも遠隔操作できるようになる。ある生徒からは「板書が見えなくなると声を上げ、周りの生徒に向きを変えてもらっていました。(アバターロボットは)自分の好きな時に自由に動かせる。気兼ねなく授業を受けられてうれしい」という声を聞いたという。

しかし、メリットは「没入感」だけではない。「自分のペースで安心して参加することができる」こともこうした技術の特長だという。

治療中は体調も心も不安定になりやすい。そんな自分の姿を同級生たちに見られたくないときもある。
「(自分の調子次第では)画面を消して参加してもいい。アニメーションを使ったアバターでも参加ができるし、自分の顔を映すこともできる。自分のペースで自分を表現できることで、コミュニケーションのハードルを下げることができるのが大きなポイントです」

初対面の同級生から「おかえり」

2人目の登壇者は、医教連携アドバイザー の篠原淳子さん。医教連携アドバイザーは、病院や学校、子どもやその家族との連携を支える存在だ。篠原さんは、京都市立の特別支援学校を退職後もフリーランスの立場で活動を続けている。

医教連携アドバイザーの篠原淳子さん。「医療側と教育側の双方から情報を集め、高校生の希望に寄り添い、できることとできないことを整理していく場をつくること」が役割だという

篠原さんは、長期入院療養中の高校生の学習支援でICTを活用した事例を紹介した。

ある生徒が入学式を病院で過ごし、その後も病院や自宅から遠隔で授業を受け続け、初めての登校日に同級生たちから「おかえり」と迎えられた。別の生徒は、長期の入院で留年にはなったものの、「(遠隔で)高校の様子を見ていたら登校したくなった。1年生をもう1回やってもいいから、退院したら高校に行きたい」と話したという。

篠原さんは「教育は治療のエネルギーになる」という医師の言葉を添えて、①遠隔教育の効果や必要性を伝えること(理解と啓発)、②教育・行政・医療の協力連携体制の構築と三者をつなぐコーディネーターの必要性(支援のための組織の構築)、③ICT物品や通信費を国・自治体の予算化すること(支援のための予算)——が継続的な実践に必要だと呼び掛けた。

また、2015年に学校教育法施行規則の改正に遠隔教育が盛り込まれて以来、教員配置や単位習得の要件が緩和されるなどして制度が整いつつあるといい、「知らない、できないではなく、知らせなければいけないし、どうしたら支援につながるだろうという考えが広がっていってほしい」と話していた。

治療中の学習支援に関する情報がまとめられた冊子がある(篠原さんのスライドより)

つなぐ先を魅力的に

続いて登壇した森村美和子さんは、公立小学校の特別支援学級担任であり、学校心理士の肩書を持つ。当事者研究を参考にした実践「自分研究」を通してインクルーシブな学校づくりを広げようとしている。

森村美和子さん。自分研究とは「同じ悩みや課題をもつ仲間と困っていること等を研究し、対処方法を考えたり、実験(実践)したり発表したりする試み」だという

森村さんが紹介したのは、こんな子どもの事例だ。

ある時、感覚が過敏で学校に通えていなかった子どもに、アバターロボットの使用を勧めた。すると、「なじみのあるゲームの世界だから楽しそう、と承諾してくれた」といい、お絵描きやかくれんぼ、カードゲームなどの「子どもたちがやりたいこと」をする中で、みんなで過ごすことの面白さ、負けた時の悔しさを体験することができ、最終的には、「(オンラインだけでは)『足りない』と画面から出てきて登校してきた。『楽しい』があると人は動く。つないだ先を魅力的にすることが重要です」と言う。

自作のお面を作って「リアルアバター」で参加した子どももいた

「大人の側が価値観を捉え直す必要がある」と話す森村さん。紹介する事例は、大人の考えを押し付けるのではなく、子どものニーズを子どもの側から聞き取ることで解決につなげているものばかりだ。

例えば、ある子どもは展覧会が苦手で行きたがらなかったが、アバターで参加してみると、「静かにしなくてはいけない雰囲気が苦手」「ものを壊してしまわないか不安」で、展覧会が嫌だったわけではないことが分かった。

森村さんは言う。
「アバター、オンラインありきではなく、大切なことは子どもの声を聞き、子どものニーズから始めることです」

「思いを表現する手段がもっとほしい」

今回のイベントでは、小児がんを経験したあきこさん(高校2年生)も登壇した。

あきこさんが急性リンパ性白血病だと分かったのは、中学受験の直前だった。この時、周りの大人たちがそれぞれの立場で支えてくれたという。

「どんな人も平等に試験を受けてほしい」と、個室で養護教諭がいる中での受験をさせてくれた中学校。受験日に体調のピークを持ってこられるように、治療のペースを調整してくれた医師、そして、「受験したい」という自分の気持ちを優先してくれた家族……。

「受験することができなかったら、病気のことも、自分のことも恨んで、治療を前向きに捉えることができず、学校にも通えなかったと思う」とあきこさん。院内学級では病気と闘う仲間たちと出会うと同時に、元の学校ともつながり続け、Zoomでオンラインで授業を受けたり、放課後にクラスメイトと話したりすることができたことが、治療中の心の支えとなった。

同級生からの寄せ書きを、入院する部屋の窓のそばに置いていたといい、「つらい入院を終えて退院したら、学校で私のことを応援してくれる友達が待っていると考えると治療を頑張れた。Zoomは私にパワーを与えてくれました」とあきこさんは振り返る。

あきこさん

「入院中にパワーを与えてくれたのはZoomだけではありませんでした」とも話す。

病院には「ファシリティドッグ」と呼ばれる子どもに寄り添うための専門的な訓練を受けた犬がいて、つらいときにはいつも隣にいてくれた。

「心が元気でないと、体のつらさ、つらい思いが続いて、世界が真っくらになってしまう。そうすると、治療の副作用もつらく感じてしまう。そんなときにファシリティドッグがいると、時間が早く進むように感じられて、つらい気持ちが紛れました」

治療の度にビーズを通す「ビーズ日記」は、心理士と会うハードルを下げてくれたという

明るく、はっきりとした言葉で治療中を振り返るあきこさんだが、そんな彼女にとっても「気持ちを表現することは難しい」と言う。

「私たち患者はつらい思いを誰かに気づいてほしいです。でも、表現するのがとても難しい。思いを表現する手段がもっとほしい」と言い、現在は、「誰よりも患者と家族に寄り添える小児血液内科医」を目指し、医学部受験に向けて勉強中だという。

「こどもへの意見の聞き方」 ガイドラインに

「こどもへの意見の聞き方」をテーマに語ったのが、最後に登壇したこども家庭庁成育局成育環境課課長の安里賀奈子さん。「こども家庭庁のスローガンは『こどもまんなか』です」と話す。

こども家庭庁成育局成育環境課課長の安里賀奈子さん

「こどもの権利に基づく施策と自治体やNPOと連携して進めたいこと」と題した発表では、SNSなどでのこども家庭庁としての取り組みを発表した。

全ての人がこどもや子育て中の方々を応援する、社会全体の意識改革を後押しする「こどもまんなかアクション」をはじめ、子どもの意見を聞くためのガイドラインやサポーターの制度などを紹介し、「こどもの意見を聞くことは当たり前だよね、となるように持っていきたい」と話していた。

まとめ、ディスカッション

ディスカッションでは、ベネッセこども基金の青木さんが司会に。「治療をすると容姿が変わることがある。自分に起きていることを他の人に理解してもらえるかが一番不安だった」(あきこさん)、一方で、病院内でいきいきとゲームをしていた様子を紹介。容姿の変化があっても顔を出さずに声だけ、技術だけで楽しめることが大きいなどとゲームを活用するメリットなどが話題となったほか、会場やオンラインからの質疑応答を行った。

イベント後、あきこさんは「当事者はSOSに気づいてほしいけど、発信することが難しい。すごく元気な顔をしていても、ストレスを持っていることは、自分が体験していて分かったこと。善意はうれしいけど、それがから回ってしまうこともある。その人に合ったことをすることが一番大事だと思う」。こども家庭庁の安里さんは「困っている事例と、それを助ける事例の両方を知ることができた。こうしたイベントにこれだけの多くの人が集まることに幸せを感じるし、これを世の中にもっと広めるための仕掛けを作らなければ、と責任を感じる会になりました」と話していた。

登壇者から紹介のあったリンク先(参考)

イベントの中で、登壇者から紹介のあった情報をまとめます。参考になれば幸いです。
※URLなどが変更になっている場合があります。
■医教連携アドバイザー 元京都市立特別支援学校教諭 篠原淳子氏
・京都市立桃陽総合支援学校、京都市教育委員会『長期入院療養中の高校生の学習継続に関するガイドブック』、2023年3月
・特定非営利活動法人 未来ISSEY『治療と学びの両立をめざすガイドブック 高校生版』、2024年2月
・厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「AYA 世代がん患者に対する精神心理的支援プログラムおよび高校教育の提供方法の開発と実用化に関する研究」『高校生活とがん治療の両立のための教育サポートブック』、2022年2月
■公立小学校 特別支援学級担任、学校心理士 森村美和子氏
・森村美和子『特別な支援が必要な子たちの「自分研究」のススメ』、2022年7月、金子書房
・汐見稔幸 編著『学校とは何か』、2024年8月、河出書房新社
■小児ガン経験者あきこさん
ファシリティドッグ( 認定NPO法人シャイン・オン・キッズ)
・ビーズ・オブ・カレッジ( 認定NPO法人シャイン・オン・キッズ)
■こども家庭庁 成育局 成育環境課課長 安里賀奈子氏
こども・若者の意見の政策反映に向けたガイドライン
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概要版


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