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1人酒場飯ーその50「盛岡でおでんに魅せられた、夏の夜の話」
風が寒い季節になってきた。吹き付ける山卸の風は盆地の土地に強く吹きすさぶ。こういう時期になると体の中から熱を通して体を温めてやりたいのではないか。
ふと、この夏に盛岡に行った夜を思い出す。
僕が心に思い浮かべているのは銀の大きな鍋で様々な具材を煮込んで、味に調和をもたらす日本人ならではの「おでん」だ。
あの日、僕が出会ったのは一皿を通して伝わってくる想いの温かさと、優しさに包まれたおでんだった。
その夜、ホテル近くの酒場で1人静かにグラスを傾け、地酒を煽っていた。マグロの酒盗、刺身を肴に心を満たしたがまだ何かが足りなかった。その店を出た後、僕はホテルへふらふらと戻っていった。
何かあと一ピース、胃袋にストンと来るものが欲しい。その何か、が何なのか。分かるわけもなく、ホテルの自動ドアの前に入っていた。
ん、そういえばホテル脇に裏路地があったよな。
好奇心がそそられるまま、僕の足はホテルではなく裏路地に向いていた。
ゆっくりと路地裏を歩く。裏路地でも東京は派手に渋いって感じだが、地方都市は路地裏自体が表よりもディープな世界になっていてとても面白くもある。
何件か、スナックや酒場を見かけるがどこの深い味わいがあるのはそのせいかもしれない。どのぐらい歩いたか、5分ほどか。ここで僕は一軒の店と出会うことになった。
自宅なのだろうか、英会話教室とか情報量がある中で表に出た手書きのおでんのタネが書かれた看板が心にぐっときた。
「おでん・・・か」そういえばおでんをこういう店で食べることはあまりなかった。縄のれんと渋い紺色の暖簾『根菜屋』がまた素朴でよい。この飾り気のない空気に惹かれ、ハシゴを選ぶことになったのだ。
暖簾をくぐると、大きな下駄箱。これ完全に人の家だ。2回への階段も急なのが民家っぽい。最初1人なんですけど、と身を乗り出して聞いてみる。ちょうどカウンターにいたお客が帰るところで幸運なことに大丈夫ですよと奥さんが優しく声をかけてくれた。
無事にカウンター、酒場の華へと腰掛ける。
カウンターから見えるおでん鍋、いいなあ。どこか自分の家みたいで落ち着く。店主さん。奥さんと若いバイトさんで切り盛りしている小さなお店だ。連携も良く見ていてこの店で家族の一員になった気がする。
さて、心地よさに身をかまけてばかりではいられない。
屋号のおでんを頂くことにしよう。おでんのメニューは王道からあまり見かけないメニューまで幅広くニッチだ。向こうの黄金の汁を濁さないものはなにがいいのだろう。
一通り眺めて王道から卵、雫石の厚揚げを選択。ここで珍しいものからスジ、梅干し。青菜を選択する。ん、筋なんて珍しくないじゃないかって。いや、これが珍しい伝統食材なのだ。スジはスジでもサメの身と軟骨で練った練り物なのだ。
ここでしか出会った時のないメニューは後悔しないように喰うべき。それが僕の王道なのだ。
おでんのほかにポテサラと思わず目に留まったおでん屋の日替わりスパイスカレー「南蛮とトマトのカレー」をチョイスした。
おでんからカレーってどんな流れなんだ。
ちょっと風にあたって酔いも覚めていたので気になった日本酒で黒鷲も注文した。
この黒鷲なかなか岩手外には出ない、レアもののらしくツキが回ってきてる感が凄い。
出していただいたお通しもなかなか出来る。2品ともかなり優しめの味付けなのはうれしい。
そこへ先に頼んでいた黒鷲とポテトサラダが出される。いきなり出てきたな、ポテサラ。しかし、酒のつまみのポテサラって罪悪感あるよな、何でだろう。
しかし、このポテサラレベルが高い。
ポテサラのジャガイモがとてもホクホクしていて日本酒に抜群に合う。いや、それだけじゃなくてこのポテサラには梅が練り込まれている。マヨネーズだけのパンチを遥かに超えてくる爽やかなポテサラ、夏の記号がぴったりとあてはまる一品だ。
これだけで黒鷲が進む。オーソドックスな辛口と言った感じだが新潟や会津の含みを持たせた辛口ではなくスパッと切れ味がシャープ。
それでも香りはしっかりと鼻孔を擽り、口の中に水の旨味を形作ってサッと消えていく、どんな料理も引き締めてくれる見事な酒だ。うん、コイツが全国的に出回らない意味が分からない、それぐらいに美味い。
木のテーブルの木目と店内の居心地の良さが重なって本当に時間が経つのを忘れさせてくれる。これが隠れ家ってやつなんだろう。
しみじみと黒鷲を呑みながら思う。
そこへおでんの3種を出してもらった。厚揚げ、卵、スジ。すごくいい眺めだ、黄金の出汁から鼻をくすぐる鰹節と醤油の香りがまた最高だ。
卵、これは新鮮でこだわりの詰まった卵だ。有機卵は黄身は濃厚なのに、白身もしっかりと存在があるのがいいのだ。自然な中で育てられた卵は本当にこれだけで行ける。
厚揚げもしっかりと大豆にこだわった豆腐の旨味が凝縮されている、ああ、火であぶったものも食べてみたいぞ。それに醤油を合わせれば誰も太刀打ちできない日本人の神器だ。
魚のスジを食べてみる。
これは初めて食べた練り物だ。凄くフワッとしているのにほろりと崩れる、そこから魚の旨味と出汁が口の中にあふれてくる。これはどんな練り物よりもおでんのために生まれたものな気がする。昔はこれが王道だったらしい、牛スジと共存できるよ、絶対に。
だが、それよりもこの出汁が感動的に驚かされてた。
本当に鰹や昆布の旨味が煮詰まった出汁の基本と丁寧さが分かる出汁なのだ。しかも物腰がとても柔らかく、出汁自体を主張するのではなくすべて絡めとって具材を生かしているのだ。このピースはやはり醤油なのだろう、深みと複雑な層が重なり合った極上の出汁。
盛岡の地に自然への想いが生きた出汁があった。心がほだされていくようだ。
この出汁の旨味を最大限に生かしたのが次の梅干しのおでん。
昔ながらの日本人が伝統として守ってきたしょっぱさの梅干しに鰹節と出汁を掛けたおでん。煮込んではいないがおでんだ。
この梅干しを崩して出汁に溶かしてやれば、これだけで体に日本人の心意気が染み込んでいく。おでんと梅ってこんなに合うのか、驚いた。
青菜もまたシャキシャキとしたサッとゆがいただけだからこそ自然の力強さを残しており、とても感動的だ。もう言葉がうまく出ないけど、本当に感動する。人を感動させるのは丁寧な仕事が見えた時なんだ。
さて、おでんをじっくり楽しませてもらって締めにスパイスカレーだ。おでん屋のスパイスカレー、どんなものなのか。
実に香り高いカレーが僕の前に現れた。ご飯が玄米が混ざっているの、うれしい。日替わりカレーとはなんなのか、その総合のまとまりに驚かされてしまう。
カレーだけを食べればスパイスの香りの向こうに複雑な味わい、しかもこれは本格的だ。スパイスと辛味と複雑な香り、それにトマトの酸味が多重構想の旨味を引き出す。力強い自然と手間がこの日替わりカレーにもめいっぱいに詰め込まれている。
カレーの辛味とスパイスの漢方力がおでんで温まった身体をさらに熱くさせる。こんな締め方もいいじゃないか。店主さんの願いが伝わってきた。
ガラリと店から出た僕は店の暖簾を見つめる。根菜の、大地とおでんの神髄、盛岡で出会えたことに感謝しよう。
今こうしてこの原稿を書かせてもらっている今でもずっと思い出す。こういう心、忘れちゃいけない。誰かを思う心意気と丁寧な仕事を。
今回のお店
根菜屋
住所 岩手県盛岡市大通3-9-29
お問い合わせ番号 019-622-6060
定休日 日曜、祝日
営業時間 17時30分~24時