レトロ食堂に誘われてその2 誰もがそれをカツカレーと呼んだ
福島県郡山市の中心部ともいえる郡山駅の周り、肌を突く寒さの心地よさを感じながら歩く。僕にとってみれば地元よりもこっちのほうがよく来るため、馴染みがある駅通りではある。
馴染みのある駅から聳えるビッグアイを真横に人気の少ないアーケード街を眺める。人の集まる、アーケード街か。すっかりとその影は身を潜め、車の音だけが賑やかに流れていく。
ヨドバシカメラの前の交差点は人が多いのに、まるで中心がズレたみたいだ。昔はもっと賑やかだったのだろう。一筋の風が身に染みる。さて、行きますか。
そんなアーケード街から反対方向、つまり東北本線、水郡線の線路沿いを東京の上り方面へと向かって歩く。
最近は再開発が進み、昔ながらの店が無くなっていくことに一種の哀愁を感じる。
次々と駅前にあった小さなデパートはあっという間に取り壊しから巨大なホテルへと変わり、風景は地方都市も発展すると教えてくれた。
その動きに合わせるように新しい飲食店が増えている。ここらへん、入れ替わりは激しくない故に残ることができれば、いずれ常連を抱えた古参酒場の仲間になっていくのだろう。
「後継者がいれば、か」だが、それは跡がいればこそ。
実際に僕の親がお世話になったお店は暖簾を下ろしているわけだからその味を残すのは難しいことなのかもしれない。
線路沿いで前々から気になっていた店がある。
昭和の残り香漂う灰色の古い住宅の先に出ている青い暖簾。店が開いていることはやっているが過去の僕は尻込みしていた。気になるけど素通りしてしまう、でも見てしまうそんな感じだ。
あの昔に手を振り、見送ろう。今の僕ならばこの店を選ぶ。足を止め、長い年月の中で変化した感性に身をゆだねる。ここなら今の胃袋にガンガン響く、乗込んでやろう。
意を決する。
バサリと「みたか食堂」の暖簾をくぐり、店内に侵攻する。いや、実に好みだ。小さめの入り口をくぐると、かなりせまい店内はカウンターと大きいテーブルが2つ。その奥にまた摺りガラスの和式の戸。こういう扉、うちの祖父母の家にあったっけ、懐かしい。
ザシッ、ザシッと中華鍋とコンロが摺り合わさる音が厨房から響く。厨房がガラス越しに見える。小さい厨房でご夫婦がてきぱきと動く、ナイスコンビネーションだ。
僕はカウンター席のど真ん中に陣取り、メニューを睨む。さて、思い切って入ったはいいがどうするか。
ラーメン、野菜炒め定食、餃子、トンカツ、カレー、まごうことなきレトロ食堂だ。このざっけないメニューの欄はラーメンと並び、丼物が陣取っているのが大衆食堂って感じがする。
おや、次に暖簾をくぐってきた人はお二人で、奥さんに上がって下さいと案内されるままにすりガラスの戸を開けて中へ入っていった。どうやら上がりの席が結構あるのか、思っていたよりも広いかもしれない。
気が散る。後から来る人に抜かされていったら優柔不断ぶりに胃袋が喚きたってしまうじゃないか。だが他の人が注文した料理が来るのも気になる。チャーハンや野菜炒めがまた美味そうだ。そりゃ目の前で痛めているのを見ているわけだからそうなるわな。
だが、僕の中で一番グッと来たのは丼のメニューの「カツカレー」だ。
カツカレー、しばらく食べてなかった。カツカレーにしよう、それに餃子。洋と中の不揃いな共演だ。まあ、いいか。
こういう時間にあたりを眺めるのもまた一興。
しかし思ったより店内は綺麗に保っていて、この店に対するご主人と女将さんの想いが伝わってくる。しっかりと、丁寧に、昭和のおもてなしだ。
後から来た常連さんが注文したタンメンとチャーハンが僕より先に出された。流石中華、手早い。しかし、味噌タンメンはからしっぽい赤が鮮やかだ。凄く惹かれる。
またせてごめんね、そう呼びかけられ目線を自分の範囲に戻すと女将さんがカツカレーを持ってきてくれていた。いえ、すいませんと思わず答えるのもご愛敬。
こういうのでいいんだ。ズシリと大きな皿に盛られた白飯の上に滴り落ちるほどにかけられた茶色のルーの中に、厚切り揚げたてのカツが隠れたその豪快な姿はまごうことなきカツカレーだ。この量はなかなか多いが横に添えられた紅ショウガがまたいじらしい。
早速カレーと白飯の二段の山を崩し、しっかりと舌で感じる。うん、これはドロドロタイプの王道カレーだ。最初に優しい甘口を感じるのだが甘口がほどけていくとスパイスの刺激と香りが第二波で押し寄せてくる。これは良いカレー、男の郷里をさみしく思う心に響くカレー。
そのカレーの海からトンカツを箸で引き上げ、噛む。サクとしている衣にカレーが良い具合に染みて肉の脂身と溶け合う。
ドロドロタイプのカレーって、心の中に眠る幼心をいつでも呼び覚ましてくれる。
香りで惹かれるインド系のカレーとは全く違ったジャンル。冒険心を満たしてくれるワクワクな食べ物なんだ。そこにカツにはソースとばかりにたっぷりとかけてやるとまたソースの味が絡んでカレーが複雑になっていくんだ。
ボリュームの多いカレーを崩しながら合間でセットのラーメンスープを基にした中華スープでスキっとさせる。
カレー、スープ、合間で紅ショウガ。まるでカレーをめぐる三角関係。手も口も止まらない。おっと、ここで忘れていた餃子が来た。
ちょっと羽根が付いたいい焼き目の餃子だ。まずは餡と皮の様子をうかがいたい。まずは何もつけずに半分かじる。これは野菜の甘味に満ちたハーフの餃子、うん、これは良い餃子だ。
ならばこれには酢胡椒だ。酢にたっぷりと胡椒を混ぜるタレ。近年になってグルメドラマで放映されて火が付いた食べ方だ。この食べ方がまた餃子に合う。これを考え付いた人に拍手を送りたい。
大盛りだったはずのカツカレーを惜しみなく胃袋に収め、中華スープで締めくくる。いいレトロ飯だった。満足げに頭を下げ、みたか食堂の暖簾をくぐり、現実へと戻る。
人を惹きつけてやまないレトロ食堂よ、残ってくれと。郡山の再開発の象徴へと足を向けて僕はその場を後にする・・・。
今回のお店
みたか食堂
住所 福島県郡山市本町1丁目18−8
電話番号 024-922-0746
定休日 日曜
営業時間 11時~20時(場合によっては早めの閉店有り)