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1人酒場飯その45ー「脅威の馬刺し、十条の屋号なき居酒屋で」

 十条の夜、酒場の夜。

 寒さが厳しい2月のこと。

 恥ずかしながら毎年大学時代に所属していたゼミの卒業生を送り出す会、いわゆる卒業祝賀会みたいなものを僕が主導になって、行っている。

 毎年毎年卒業していく若者達との乖離が時が経てば経つほど広がっていくジェネレーションギャップの中、実際に足を運んだことのあるお店から選択を行っている。

 が、これがまた難しい。

 大体僕が所属していたゼミがジャーナリズム系でも珍しい福祉関連の本『LLブック』という物を作ったりしていたのだが、こういうジャンルに興味を持つのは女の子が多いのだ。

 コの字でひっそりと呑む事が生きがいな僕にとってみればこれほど難しい問題はあるだろうか、いやない。しかも、それなりに人数がいるのでどうしてもその人数で予約出来て、人が入れて、しかも旨い店を探す必要がある。でも、こういう作業は僕からすれば最高の課題なのだ。

そんなわけでこの年に僕が選択したのはかつて紹介した事のある『田や』さんを選ぶことにした。

 さてさて結果から言えば丸を無事に頂くことが出来たわけで、満足そうな子たちの顔を見るとこっちも心の重荷が取れる。良かった。

 兎にも角にもここで解散。後輩たちはそのまま十条駅へ、初期からのメンバーの同級生とも解散。教授ともたまに2軒目へ行くこともあったが今回は見送りで僕一人で十条に残ることになった。

なんでか呑んで食べたのに、一気にタガが緩んだのか胃袋に軽く何かを入れて、酒を呑み込みたくなった。勝利の美酒に酔いたかったのだ。

ふと、反対側に看板すらないが賑やかな空気の店を見かけた。

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何だか呼ばれている気がする。直ぐに反対側の謎の店へと吸い込まれていった僕はそこで常識がひっくり返った。

待っていたのは、『コストパフォーマンス』とか言う僕からすればくそくらえ、だったものを始めてねじ伏せる、最高の味の馬刺しだったのだ。

その店は看板もない、でも常識をぶち壊した馬料理の専門店『馬ござる』だ。

オレンジ色の灯りが店内を夕焼けのように染めるちょっと昔の家庭の電光がぼんやりと出来て間もない店内を照らし出す。

しかし、それとは対照的に居酒屋然としたこじんまりさとカウンター中心の店作りになっているのがどんなジャンルのお客にも対応できるようになっているようだ。

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カウンターに腰を下ろした僕の目に飛び込んできたのはその驚愕の金額だった。馬刺し『190円』。

うっそだろ、嘘だろ?幻だろ?夢だろ?いや、本当だ。感覚がある。

目を凝らしてもその金額に目が行ってしまう。各種のメニューは馬肉料理を中心に珍しい部位や焼き物などを幅広くそろえているがとれも安すぎる、本当にこれで経営成り立つのか?恐ろしくて身震いする。

メインの馬刺しの四部位は肩ロース、あばら、サーロイン、モモの四種がある。この金額なら一皿ずつ頼んでも問題ないだろうよ。という事で興奮で何を頼んだか、忘れたが日本酒と馬刺し4種、馬刺しユッケの桜肉祭りを開催する運びになった。しかし、近所でしこたま食った後なのにこんなに食うかね、我ながら自分が心配になってきた。

そんなことはどうでもよろしい。高熱で焼かれた釉薬が淡く光る茶色の皿にどんと乗せられてきたのは頼んだ4種の馬刺しだった。え、纏めてくるなんて聞いてない。それどころか、190円の値段とは思えないその一皿分の量と艶やかな赤が新鮮さを際立たせる。

全体的にみても熊本方面のサシの振り方ではないので、会津寄りの産地なのかなと個人的に思いつつもオーソドックスな赤身のモモから食べてみた。うん、柔らかい。上質な柔らかさだ。


他の刺身とは違って赤身の味がぐっと強く、大地を踏みしめる脚の筋肉質の噛み応えが力を漲らせる。馬刺しって出身地的に僕はこっちの方がやっぱり馴染みがある。

これはロースかな、と次に手に取った肉はサシは少なめ、赤身多めのバランスで真っ赤なモモとは違ってバランスが取れている。うん、赤身と脂の美味さの黄金比をズバリと突いてくる、肉の芯の甘味も分かるいい肉だ。ザ・馬肉。

サーロインは見た目的に牛のサーロインの脂のバランスが似ているが断然馬の方が赤身が強い、この赤さこそ力の証。他とはちょっと違って柔らかさの中に力強さと赤みの上品さの加わるG1を制するサラブレッドのような堂々とした肉質だ。これが一番好きかもしれない。

最後にあばら。つまり骨周りだけあって濃い味というよりさっぱりとした後味でこれもよい。噛み応えもあるのがまた良し。

というか、この皿を他の店で食べたら絶対に2000円は超える、それぐらいに素晴らしい肉なのにこの安さ。もはや凄いを通り越して、唖然だな。

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最後の一品の馬肉のユッケは甘辛ダレと卵の黄身のど真ん中に来るパワーを楽々と乗りこなして逆に深さへと昇華させる馬肉の懐の深さに感銘する。やばい、日本酒が進んで仕方がない。

この辺で切り上げよう・・・。後悔先に立たず。フラフラと浮き足立った足といまだに回らない頭をフルに回しながら、会計を済ませて振り返る。

3冠馬だよ、この店は。


今回のお店
馬ござる
住所 東京都北区上十条1-15-8
お問い合わせ番号 03-5948-8348
定休日 無し
営業時間 月~木 17時~25時
     金・祝日前 17時~25時30分
     土 16時~25時30分
     日・祝日 16時~25時30分


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