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1人酒場飯ーその48「新潟、漁港の街のアジフライ」

 自家用車を駐車スペースに停め、海の方へ歩を進める。ここは新潟県長岡市寺泊。地元の鮮魚店が一つの通りに固まり、観光と港町らしい活気が顕在する小さな港町だ。

 他の大型の市場とは違い、立ち並ぶのは個人商店だが流石に店自体は大きめだ。そんな活気を背に海岸から日本海を眺める。

 こうして海を眺めると我々が島国の農耕民族で魚を食べてきた遺伝子が呼び覚まされる気がする。

 海はすべての始まりだ、返す波は激しく心の岸辺にも打ち付ける。こういう時間も大切なことを思い出すために必要なことなのだと自分に言い聞かせるように暫く佇む。

 さて、折角だ。手土産でも買っていこうか。魚の市場通りと呼ばれる道路を挟んで向かい側の商店郡へ向かう。

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 連なる各商店をじっくりと見て回りながら、吟味するものまた楽しげな時間だ。賑わいをかき分け、活きのいい魚を見る。旨そうな牡蠣に、まるゆでのカニ、それに大振りな姿のままの魚。どれもこれも港町らしい姿だ。

 店頭ではカニ汁を出している店もあれば、炭焼きで魚を焼いている露店売りもあるからそんなのを見せられたらもう抗えなくなる。手土産でカニや荒巻鮭を買い込み、車へそれを押し込みに戻る。

 バンとバックに詰め込んだらクルリと方向を変えて小さく頷く。美味い魚を食おう、そんな決意を秘めて。そう決まればどの商店の食堂で飯を食うかだ。迷うことに寺泊の漁港のお店はほとんど食堂を完備しているのだ。

 どの店を選ぶか、これは勝負所だ。もし外したら心の海が時化てしまうぞ。慎重に、かつ直感的に各商店を見て回る。ううむ、どうしようか。ふとある商店の店内に足を踏み入れると少し誘われる看板があった。

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 手書きのメニューには様々な海の幸が並ぶ中、すっかりと目は「アジフライ」の文字に囚われた。

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 漁港の街でアジフライ、良いじゃないか。意外にほかの店のメニューには無かったのが決めてか、勝負の店へ階段を上がっていく。

 選んだ店は市場の中心地点に位置する「まるなか食堂」なかなかいい響きじゃないか。

 食堂への入り口の引き戸を開くと広いお座敷、畳の店内だ。こういうの好きだよ、こういうの。各テーブルでは家族連れが楽しそうに食事をしている、その一方で僕は一人。

 おいおい、アウエーか。甲子園球場の巨人ファンか。


 靴を脱いで、座敷に上がりすぐ手前の席に腰を下ろす。そう言えば畳に座るの久々だよ。島国の民族が海の近くで畳に座る、粋じゃないか、中々。

 ビールなんて呑んでる人も多い、運転手以外は気楽だねえ。皮肉交じりの目線で他のお客の皿を見る。ほとんど海鮮丼じゃないか。この波に乗らなくていいのか。いや、人は人。僕は僕、己の直感を信じるんだ。

 僕は最初のインプレッション通り、アジフライ定食を押し通した。

 だが、後ろの看板に書いてあったブリのカマ焼きも胃袋に響いてくるので単品のカマ焼きを付けて、ひとり海鮮御前を組み立てる。なんだが凄いことをしてしまった気がするぞ。

 畳の座り心地に夢うつつ、一人の時間に身をゆだねる。改めて思う、小さな港町でなくなりつつある日本人の文化を感じるこの時間は僕にとって、改めて日本人らしいと思うような時間だった。

 そこへ定食が味噌汁から運ばれて卓の上に出揃っていく。うはあ、我ながらすごいことになってしまったぞ。

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メインのアジフライは肉厚で見るからに旨そうな活き活き感、漁港直送のアジフライだ。別皿できたタルタルがたっぷりで胃袋がぐううっと唸る。

 小鉢は漬物にまさかのお刺身付き、ブリにエビ、マグロも入っている。漆器に入った白飯が輝きを放ち、サイドの味噌汁が脇を固める。そこへじゅわっと脂が滴るブリカマで夫人は整った。

 「いただきます」

 まずは見てからに脂の乗ったブリカマに箸を入れる。きめ細かい身がほぐれて、ブリの脂をまとっていく。そこにレモンをかけてやって口に入れればぐう、参った。ブリのカマ、滅茶苦茶旨い。

 かなりおおぶりなカマなのにその味は新鮮なブリそのもの。これを穿って日本酒は最高だぞ、でも白い飯にも抜群の愛称だ。カマの皮の周りの脂がまた美味い。

 さて、次はアジフライに行こうか。

 肉厚一匹分、こいつの一枚をソースをかけてかじりつく。フワフワ、サクサク、アジフライの最上級だ。身がこれだけ柔らかいのにソースも負かすその存在感、アジは魚の王様だな!半分をソースで食したらすぐに醤油で食べ分ける。

ソースも良いが、僕から言わせればアジフライには醤油だ。アジの旨さを奥ゆかしく引き立たせる日本人気質の塩味は一つの物語として完成されているんだ。
 
 そこへ間髪入れずに刺身。刺身のブリも美味い。エビも身を食べたら頭の味噌を吸ってやる。刺身、新鮮、これ大事。冷たい刺身を飯にも合わせる日本人ってなんなんだろう。刺身とご飯をほおばりながら思う。
 

さて、アジフライに戻ろう。一枚食べてしまったが厚みのあるもう一枚あることに感謝。タルタルと醤油とレモン、この三位一体が己のタルタル欲を掻き立てる。タルタル、レモン、醤油。抜群の組み合わせだ。

 しかしタルタルを生み出した人間とはいったい何者なのだろう、板いすぎる発明なんだぞ。

フライを半分残して味噌汁こと番屋汁を啜る。これは出汁が溢れてる。中を見ればエビの殻とカニまで入っている。得しちゃったよ、濃い味、良い出汁、これはマジ。

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 海の近くの食堂で、地の物を喰らう喜びと海に囲まれて島国の喜び、僕は目いっぱいに味わい尽くしているんだ。最後にブリのカマ焼きと刺身を一緒に飯乗せて掻き込、味噌汁で流し込む。

 ああ、いい魚飯だった。

 会計を済ませ、いまだに賑わう市場を背に再び海を眺める。海の声に力をもらい、生き物の生まれ故郷を懐かしむ。きっとこの情景は心の底に刻まれていることだろう。

 さて、ひとっ走りして帰るとしようか。僕の足は帰りの車へと向いているのだった。

今回のお店

食堂 まるなか
住所 新潟県長岡市寺泊下荒町9772−23
お問い合わせ番号 0258-75-3266
定休日 無し
営業時間 11時~14時


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