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1人酒場飯ーその37「三陸は生きている、女川の穴子天丼」

 僕が石巻に初めて足を踏み入れたのは学生時代の事だった。

 運動部を取材して大学新聞のスポーツ面を担当する編集部に所属していた当時、東日本大震災が起こった。

 衝撃的な記憶だ。

 ちょうどその時、群馬の草津に部の編集会議のために来ていたのだが、地元東北の映像に涙が止まらなかった記憶がある。あれほど心が抉られた記憶は無い。

 それから1年後、石巻にある系列大学への取材を行った。

 震災後から1年たち、選手達はどのように過ごし、練習をしているのか?今、どんな状況なのか?をこの目に焼き付けた。 

 その時の石巻の街を僕は高台から見下ろしたが、時間は流れすでに8年。

 石巻の街を車で走り抜けていた。街は当時の面影から立ち直り、道路沿いの広場では少年野球が行われていた。

「それでもか」思わず走りながらそう呟いた。

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 まだまだ石巻から女川へ抜ける道沿いには放置されたままの建物が悲しげに佇んでいた。傷跡と人の暮らしが同時に居座る海岸沿いは瓦礫に満ち溢れていた港の当時の姿をセピアの中に浮かび上がらせた。

 10分ほどで女川へと到着すると車から歩き、海岸線を遠くに眺める。

 三陸の強い海風が吹き付ける。遠い海岸線から押し寄せる波が何処となく心に残っていたあの日の情状と結びつく。

 さて、目的の店へ行きますか。遠くはるばる女川へとやって来たのは三陸の海の幸を求めていたからだ。踵を返し、女川の復興の証である商業施設『シーパルピア女川』に立ち並ぶ店を横目に歩を進めていく。
 
 そして、ちょうどシーパルピアと裏手の店に繋がる入り組んだ道へ出るとその店の姿を確認した。

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 『ニューこのり』、僕が数年前から焦がれていたお店だ。よく僕の中で触れているドラマ版『孤独のグルメ』で登場したお店なのだが、その時はプレハブ小屋だった。

 しかしながら、数年前駅近くへと移設した形で女川にさらに定着するお店となったのだ。

 今では人気店として多くの地元客、観光客に人気のお店となっている。僕が店内に入った際も家族連れのお客が多かった。

 1人だぞ、僕は。浮いていないかい?

明るい店内は開放的で木の色合いが生えるモダンな店内になっている一方で僕の目線は入口に設置された女川の海鮮達が泳ぐ水槽にぼんやりと引きつけられていた。

 アナゴ元気だなあ、美味そうだな。

 入口の目線に入るように貼られたアナゴ天のポスターが目に入ってから泳ぐアナゴが油の中をカラリと泳いで金色を纏う姿が目に浮かんできた。心は決まった。

家族連れのお客がどんどん先に席へ案内され、最後に1人の僕が窓の真ん前の席へと案内される。凄く明るいのがどうも苦手かもしれない。

 メニューを眺める。さて、穴子天丼の他にどうするかな。

 海鮮丼、ウニ、めかぶ丼、新サンマ、クジラ・・・ぐるぐると目線があちらこちらへ移っていく。どれがいいんだ、どうしようか?

 そこへ『刺身の盛り合わせ』の文字。

 刺身の盛り合わせか、何が今日は選ばれているのだろうか。

 聞いてみるとマグロ、タイ、クジラにあと一品だそうだ。それだ、刺身だ。穴子天丼と刺身の海鮮1人祭り確定演出だ。

 窓からゆっくり外を眺める。きっと8年前にはありえなかった時間だ。

 こうして見れば今ここで商売をやっている人、生きている人はどれだけ強い思いで突き進んできたのだろうか、生きるって『戦う』ってことなのかもしれない。

 なんて考えるような立派な人じゃないんだけどね、僕は。

そんな哀愁よりも運ばれてきた料理だ。先に来るは刺身の盛り合わせ。凄くいい眺めだ。まず端からマグロのトロ、たぶんハマチに、ポン酢ジュレの乗った柚子鯛、そしてクジラの赤身。凄いいい眺めだ。

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 まずマグロ。うん、美味い。

 トロらしい甘い脂感の詰まったネタだ。これはいいぞ。そこから白身の柚子鯛へ、これも白身が深い味だ。こう淀みのない白身らしい白身。

 たぶん、ハマチへ。個人的にブリとか、ハマチとかカンパチとか時々見分けがつきにくいことが多いのだがあるあるなのだろうか?うん、コリッとした噛み応え、なかなかの脂の乗り、実に旨い。

 最後にクジラの赤身だ。石巻はかつてクジラ漁で栄えたそうだが、今ではすっかり鳴りを潜めている。知っている人も多いが漁が禁止されているからである。

 だが、定置網などでかかったクジラを食べることは許されているため、この界隈では新鮮な身を食べられる機会も多いそうだ。


 しかし、生のクジラなんて小さいころに爺さんがよく食べていたのを少し食べたぐらいしか記憶がない。が、このクジラの刺身がとにかく痺れる美味さだ。赤身なのにまるでトロと間違うぐらいに溶ける旨味と脂、クセがなく、どの陸の肉よりも美味い気がする。衝撃的だ。この出会いは忘れないだろうよ。

さあ、本番だ。豪快な丼が目の前に現れる。どっしりとした穴子1匹がはみだした穴子天丼だ。

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これを待っていた。穴子の周りを野菜の天ぷらが彩り、あら汁が控える。

穴子天を齧る。凄くふんわりとした身が口の中で解けていく、最高ですよ。パリッとした衣と身の柔らかさを甘辛くしたツメが際立たせる。

穴子の活きが躍る、これが三陸の底強さだ。他の天ぷらもいいが、穴子は天婦羅の王様。エビが女王ならタレを纏った飯は最強の側近だ。これほど贅沢な丼は他にはなかなか無い。

黒を纏った飯、穴子のローテが止まらない、止められない。そこへあら汁。魚のあらの旨味、しかも、つみれが入ってる。これは嬉しい。

今この味との出会いは三陸からの贈り物。すっかりと丼を描きこんだ僕は海風をめっぱいに感じて再び海を眺める。

さて、今度はシーパルピアでも見て回るかな、僕は赴くままに女川の町の思いを感じるように復興の証を見て回りに足を向けた。

今回のお店
女川海の膳ニューこのり
住所 宮城県牡鹿郡女川町女川浜字大原1-1
お問い合わせ番号 050-5570-1867
定休日 火曜日
営業時間 11時~19時


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