1人酒場飯ーその35「武蔵野の粋なうどん」
蕎麦とうどん、貴方はどっちが好きか?という日本において永遠の麺論争のテーマがある。同じ麺類であるが故、戦う定めであるのだろうか。
どっちが格上とか、栄養があるとか、そんなものただのこっち側から見た付け焼刃なんじゃないの?どうして同じ麺類を土俵の上に乗せたがるのか、何とも傍から見れば滑稽でもあるし、面白い討論の種なのかもしれない。
僕はどうなのか。と聞かれればこう答える。「どっちも好きだ」と。
逃げじゃないぞ、僕はどっちも好きなんだよ、人の勝手に口をはさんでくれるなと高らかに声を上げよう。という事で今回は以前書いた蕎麦屋呑みではなく、うどん屋呑みを語ろう。
今回訪れたのは東京都保谷市と隣接する埼玉県新座市。
まさに県境を跨いだ冒険というやつか。朝からそそくさと移動して西武池袋線の保谷駅から出てきた僕はすぐにバスに乗り、県を跨ぐ。探し求めるうどんを求めて。
新座の変電所のバス停に降り立つと、そこからゆったりと住宅街を歩きながら店を探す。どうしても食べたいうどんがある。それは喉越しやコシによって大きな戦国絵巻を描くうどん界の中でも一線を科した存在感を放つ隠れた名麺だ。
住宅街を抜け、ちょこちょこっと飛び飛びの個人商店や飲食店が並ぶエリアへと足を踏み入れた。角から出てくると鰻の文字が見える。む、そそられる。
だが本命は・・・あったぞ。マンションというか、ビルというか、いやマンションか。そんな建物の1Fに似つかわぬ茅葺と味のある入り口にうどんの暖簾。
「ここだな」
目当ての店はここのようだ、「うどんや藤」。
面構えが出来る。ここだけ田舎の隠れ家だ。ここのうどんは東京近郊と埼玉県の一部で伝統的に食べられてきた『武蔵野うどん』というジャンルだ。今まで食べたことのないジャンルは興奮する。
するりと暖簾を潜り店内へ足を踏み入れると、店内も田舎のような落ち着く空間だ。小上がりの畳と手前のカウンターの二層の浅黄とこげ茶の柱のコントラストが美しい。
僕が座った席は丁度メニューの短冊が張ってある位置、見上げれば魅力的な名前ばかりだ。注文すべきは何なのか、ここは一番人気だろう、肉盛りうどんだ。昼なので大盛りまで無料なので大盛りにしてやろう。
そこに揚げ玉ごまのおむすび、前菜で豚の中華ソース合え。それにビールでかけつけ一杯。昼間からの酒って罪悪感たまらない。
周りの木の艶やかさや短冊メニューをひとしきり眺め、店内を見渡す。何か自分が昭和の中に閉じ込められた気分だ、ビルの1Fではなく、ドライブで立ち寄った民宿風の食事処にいる気分だ。
そんなノスタルジックと遠くのモノクロの記憶を辿るように前菜で頼んだ豚の中華ソース合えを先に食しながらビールを片手に呑む。
うん、実にサッパリとした豚だ。中華ソースがピリッと締めてくれているだけじゃなくて下にひかれた千切りのキュウリが全て上手く纏めてくれる。グッと後から飲み干す炭酸が心地いいぞ。うん。
既に景気づけで喉と胃袋の準備は済んだ、お待ちかねのうどんを迎え撃とう。そう行きこんだ僕の前に現れたのは想像を超える圧倒的な存在だった。
武蔵野うどんの特徴は小麦を胚芽まで引いて麺にしているため蕎麦のような薄めの茶色がかった特徴のある麺だ。それにがっちりとした見ただけで力強さの分かるごつごつとした厚い麺だ。
それを豚肉のバラがたっぷり入った醤油ベースの汁につけて啜る。ガツンと来る、喉越しという概念をかなぐり捨てた野武士のような力強さと弾力。噛めば分かる小麦の味。田舎うどん、田舎蕎麦という噛み応えを前面に出した一杯とも違う美味さの塊だ。
食べれば食べるほどにこの麺の強さに惹かれていく。とんでもないうどんを喰ってしまったぞ。バラ肉を摘まんで汁を呑む。その繰り返しがまた愛おしいのだ。
途中で薬味のネギやショウガを加えて味をさらに変えていく、肉、麺、汁。
そこへ忘れそうになっていた揚げ玉のごまのおにぎりを齧る。揚げ玉サックサクに胡麻のパンチ、これもまた素晴らしく飯を進ませる。脇役で頼んだ味玉もまた良し。
しかし、これだけ力強いとビールの酔いもすっとんでしまうな。そう思いながら胃袋にドスンと居座る麺のパンチに酔ってしまいそうだった。また僕の麺締めに新しいページが加わったぞ。
最後までその強さに圧倒され、胃袋も満杯になっていた。大盛り、多すぎたかもしれない。
胃袋の中で炭酸と小麦が入り混じる。食いすぎた。武蔵野うどんに思わぬ傷をつけられた、次は別な喰い方で、ほどほどにしてやるからな。負け惜しみを呟きながら、あのうどんを求める旅路を繰り返すことを誓うように僕は数キロ離れた保谷の駅へ歩いて胃袋こなしをするのだった。
今回のお店
うどんや 藤
住所 埼玉県新座市片山3-13-32 第二美鈴マンション102
お問い合わせ番号 048-482-5775
定休日 水曜
営業時間 11時~17時