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羊料理の世界と、巣鴨のモンゴルで出会う

 羊肉が恋しい。ジンギスカンでよく食べるのはラム肉だ。

 ラムは若い羊であるが、旨味もシャープで若々しい力を感じる。1人でジンギスカンと向かい合う時間は年相応にもワクワクしてしまう。

 だが、羊肉の世界は底知れぬ未知の世界が隠されていることを僕は思い知らされた。

 その主役は若さではなく、老獪で味わい深いマトンだった。大地に、草原に、羊料理の世界は水平線を越えて広がっていた。

 ネクタイを緩めて、シャツのボタンを1つあける。秋も近づく雨の合間の晴れ間の日。久々の暑さが身に答えながらもJR巣鴨駅の改札を出る。巣鴨、就職活動の時に来た時以来だから7年ぶりぐらいか。

 巣鴨から大塚に伸びる山手線沿いを沿って歩き、ビルとビルの間にある住宅街への道に足を踏み入れる。

 東京にしては観静で落ち着く、汗でにじんだマスクを交換し、さらに住宅街を行く。クルリと方向を変え、さらに住宅地を沿っていく。

 すると一軒のレンガ造りの赤みのある建物が目に入ってくる。その建物の前に立ち止まる。

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 宮殿のような日本の柱に遊牧民の文化を示す飾り、外に出た羊のメニューに目が映る。店名『シリンゴル』。日本で初めてできたモンゴル料理屋さんらしい。そう、この異国が僕の今回の目的地だ。

 店主さんに案内してもらい、半地下型でフルオープンの店内へと足を踏み入れる。異国情緒をぼんやりとオレンジ色の灯りとゆらりと燃えるローソクの火が包み込む。ああ、僕は今モンゴルのゲル(移動型住居)の中にいるような気がしてならない。

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 異国料理は文化を理解する事、それ故に僕はそこにロマンを感じる。どんな世界、どんな時代でも同じ物を食べる事は理解への最大の武器となるのだから。壮大なことを思いながらもメニューを見る。

 なるほど、コース料理もあるのか。だが、シングルで単品を食べることの方が僕には性に合っている。

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 メニューの端から端まで、羊の文字。モンゴルではラムよりも風習的な意味で大人の肉、マトンが中心で食べられているそうだ。しかしどのメニューも想像できない。

 羊肉の塩ゆで、ショルダー肉、臓器のスープに、脳みそ!?本当にメニューに出てくる名前からして一匹余すことなく食べることで命を大切に頂こうとする遊牧民の心意気と生活が見えてくる。これはしっかりと腰を据える必要がありそうだ。
 
 どうする、何を選ぶべきか。とりあえずメニューとにらめっこしながら遊牧民になったつもりで考える。よし、ここは羊肉の塩ゆでの『チャンサンマハ』を中心に水餃子の『バンジ』、ラムショルダーの串焼き、前菜で豆苗のオリーブオイル和えを第一弾で注文する。

 それにしてもマトンを食べるなんていつぶりだろう。会社の同僚とジンギスカンを食べたときも羊肉は苦手という人はいた。それはマトンだからだよと言ってはいたが、確かに今の時代だとラムの方が圧倒的に食べる機会が多い。それは独特な匂いがあるから、だろうか。

 匂いと言えば日本人も納豆を食べるが、臭いと言われることが外国だと多いらしい。匂いというのはそれぞれの人種で感じるものが違うのだろうか、不思議だ。目線を装飾品に向けてそんな考え事をしていると、前菜として豆苗が来た。

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 おお、生だ。生で豆苗なんて食べたことないかもしれない。手作りのようなごつごつした箸を握り、さっそく口へと運ぶ。うん、シャキシャキしていて歯ごたえが心地よい。オリーブオイルと岩塩のシンプルな味わいが豆苗の青さを引き出して、とても前置きとしてよい。これはたまらない。

 シャキ、シャキ。箸が止められない。塩がまたいい、しょっぱさの中に丸みを帯びた岩塩の深みが見える。

 豆苗を平らげると、次は羊肉の水餃子、バンジがお出ましだ。黒酢で食べてくださいと言われ、テーブルの調味料を見る。お、岩塩がある、これ自分で削っていいんだよな。それにチリソースと、黒の液体。これか。

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 どうやら日本の黒酢とは違うようだ。何と言うか酸味の中に旨味が隠されていて、かなり馴染んで丸まった感じの印象を受ける。

 黒酢に付ける前にそのままで一口。おう、皮が良い厚さでモチっとしているが中の餡がジューシーで羊の旨味がギュッと凝縮された濃厚な味わいだ。これは中国の餃子とは別物だ、とても野性的で痺れる。黒酢との相性もまたいい。一つ、二つ、リズミカルに口に放り込んでしまった。ここまでの流れ、良さげだぞ。

 そして、やってきた。

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 羊の骨付き肉の塊。豪快だ。これが遊牧民のご馳走『チャンサンマハ』だ。自分で手袋をしてナイフでそぎ落として食べるというセリフスタイル。豪快に攻めていこう。

 ナイフを骨の周りに当てる。切りにくい!手で押さえようとするが熱い!これは難敵だ。とりあえず切れそうな場所を見つけ、慎重にそぎ落とす。そしてニンニク醤油ベースのたれをかけて食べる。

 何か頭の中でバチンとショートした感覚に陥る。マトン、深い!ラムよりも肉質はしっかりとしていて筋肉質だが丁寧な仕事でトロリ、ホロリと崩れていく。その身は羊らしい旨味が濃厚に詰まっている。

 噛めば噛むほどに羊の野性的な味があふれ出てくる。これはラムとは全く違う、深淵の世界だ。牛、豚、鶏、どれも味が濃いというものはあるがそれを遥かに凌駕している。驚くしかない世界が巣鴨にあったのだ。

 骨の周りをそぎ落としながら、その深みにどんどんはまっていく自分が分かる。驚嘆と感激が押し寄せる。羊の脂身にもナイフを当てて口に運ぶ。おう、これはまた全然想像がつかない味だ。溶けるのが至高と言われそうな肉の常識とは違い、しっかりとした脂感。

 色々と食べてきたがこのシンプルな料理は僕の頭に鈍器を振りかざしたかのような衝撃を与えた。感動とか、そんな生やさしいものではなく、何かを変えてしまうような、全てひっくり返ったような感覚が押し寄せてきた。言葉なんていらないんだ。

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 そのあとの肩肉の串焼きも香辛料が効いている。ヒリヒリと辛味のスパイスが絶妙に羊の旨味をアシストする。というか、肩の肉は豚のカシラに似た感じがする、脂と旨味のバランスがちょうどいい。

串を一気に平らげたが、まだこの世界を味わいたい。追加注文をすることにした。

 一気に盛り上がる内モンゴル1人独演会、追加のタネは羊肉の揚げ餃子『ホーショール』と羊肉のジャージャー麵、デザートのごま団子へとなだれ込む。

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 早速追加のメニューが来た。ホーショールは大きなきつね色の揚げ餃子。香ばしい香りが胃袋を誘う。チリソースをかけて噛みつけば、パリッっとサクッと皮が跳ねる。厚みがある分中の餡の脂と旨味をしっかりと捉えて逃がさない。チリソースの辛味がまたすべてをまとめてくれる。

おう、食感、味、香り、3つの旨味が一気に口の中で踊る、これもいい。遊牧民のおやつ感がたまらない。

 締めともいえる麺類、ジャージャー麺。

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 いい景色だ。麺はモチっとしているがこの濃い羊の肉味噌を実にうまくからめとってくる。味噌の強烈な味わいが波のように押し寄せる。もしかすると羊の肉味噌、一番うまいかも知れない。それぐらいに味が強いのだ。きゅうりの手助けも冴える。ズル、ズル、一気にかき込んでしまった。

 いや、羊の広い世界、その神髄の一部を今日僕は学んだ。食後のごま団子の甘さが胸に染みる。

 会計を済ませて外に出ると、暑さを忘れたように秋風が身に染みた。巣鴨の小さなモンゴルの草原、今度は鍋を食べに来ます。頭を下げて僕は住宅街の灯りの中に消えていく。

今回のお店
シリンゴル
住所 東京都文京区千石4-11-9
お問い合わせ番号 03-5978-3837
定休日 原則無し、年に数回臨時休業有
営業時間 18時~23時


 


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