レトロ食堂に誘われて…その1ー離郷の、さばだし
誰が国民食と呼んだか、ラーメン。日本の国民食と呼ばれる二大巨頭と言えばカレーとラーメンだ。
その二大食はいつから日本人の舌になじみ、進化を遂げたのか。不思議に思う。
カレーは国によって独特の形をとっているが、日本独自の進化先も非常に多い。スパイスの調合や作り方で変幻自在に姿を変える。
まるでカメレオンじゃないか。答えのない無限ループの世界にのめり込んでいく。
それはラーメンだって同じだ。スープの命ともいえる素材の組み合わせがどんな方程式を織りなすか、とても計算しきれない。ラーメンの大本はスープということを聞いたことがあるが、確かにそうだ。
それだけじゃない、地方によって様々な姿に変化するのもカレーの国際図を日本という国に凝縮してちりばめたようだ。
それゆえに日本人が好む二大国民食と共通点と言えば、この無限回廊にも似た奥深さに心を囚われてしまうから、とも言えそうだ。
こんな前置きから今回は珍しくとある食堂のラーメンの話をしたい。石巻の古い商店街で出会ったその一杯はもしかしたらもうすぐ絶えてしまうかもしれない一杯で、しみじみと味わえる一杯だった。
石巻でもほぼ外れの鹿又。陸橋を車で通過しながらちらりと窓を眺めると東北でも有数の北上川がごうごうと流れている。雄大な川の流れに心揺さぶられながら、陸橋を下って河川沿いの商店街へと車を走らせる。
「昔の姿のまんまだな」車窓から見える古い商店街はモノクロで時間が止まったように細々とした昔の姿を目の前に映し出す。人の流れの少ない商店街の中をゆっくりと進むと、お目当ての暖簾が見えた。
ここだ、ここだ。車をなんとも時代に置いて行かれたようなレトロチックな世界の定食屋の隣の駐車場へ止め、足を地に下す。
しかしまあ、なんとも老舗というか、昭和というか、店の前に立つとそんな思いがこみ上げる。
建物の色合いはずっと塗り替えなどしていない見事な汚れ具合、看板も店名が薄くなっており、後から取り付けたであろう白い「食堂きかく」と道路側から見える看板が白さが残っていて、浮いている。
この店構え、実に僕好みだ。
藍色の暖簾をくぐり、店内へと足を踏み入れる。すると店内は石の床に、歴史が感じられる机と椅子がセットされており、小上がりの畳の席では地元のおじさんたちが昼呑みをしている。
うむ、これは勝負の一手だ。店内で料理を作っているのはご年配のオーナー夫婦だろう。そのうちの奥さんにどこでもどうぞと言われるがまま、厨房が見える席に腰を下ろしメニューを眺める。
少しばかりふらりと寄ったがなかなか興味をそそるものがある。「食堂きかく」の名物、ソースカツ丼、カレー。
その中でも僕の興味を引いたのは「元祖さばだしラーメン」の文字。
ラーメンで鯖。鯖で候、いいじゃないか。さばだしラーメン、胃袋で受けてたとう。とばかりにさばだしラーメンを注文する。石巻の古い商店街の食堂でラーメンを食べる合間の時間、僕にとってこれ以上の幸せなんてあるものか。
天井、店内、ぐるーっと見回す。連続テレビ小説系のドラマのセットでよくこんな感じの店内は見るけれど実際に身を置いてみるとここが現実なのか、それとも幻なのか、分からなくなる。現実に足を付けているんだぞ、忘れるなよ。
そろそろ来るか、さばだしラーメン。ちらりと厨房から丼が運ばれてくるのを確認した。来たぞ、来たぞ。
まずはラーメンをじっくりと眺めてみる。輪切りのネギがたっぷりと浮かび、ニンニクチップと肉っぽく見えるがこれは練り物か。それ以外はシンプルな醤油ラーメンだ。香りがまた魚全開って感じだ。
スープ、こーれはいい。スタンダードな懐かしい東京ラーメンのキリとした感じだが、舌から鼻に抜けていく深い節の味わいがどんと陣取っている。この出汁、煮干しよりも鮮烈で、鰹節よりも後味がずっと残る。これが鯖節の本領か。
そのスープに薫るニンニクの香りもまた深く、たくさんのネギがアクセントとなっている、そして辛味が全体を何度でもスープにのめり込めるように綺麗にまとめている。
元祖さばだし、恐るべし。ラーメンの第二の主役ともいえる麺さえもコントロールしてしまうスープと、その合間に付け添えの具材をかじる。
やっぱりそうだ、この具材は練り物だ。これは意外な盲点を突かれた。実にセンセーショナルな一撃だ。
僕だってこの空間で、懐かしい味を食っていれば上等なキャストさんだよ。
最後までさばだしの旨味を味わい尽くし、丼を置く。会計の時にさっと美味しかったです。と残して、僕は去る。
古き良き食堂のラーメンよ、永遠なれ。
今回のお店
食堂きかく
住所 宮城県石巻市相野谷飯野川町171
定休日 日曜
営業時間 11時~14時