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1人酒場飯その53「ラム故に、奥深し」

 よくよく考えずとも、なんと今の時代は激流であることであろうか。多くのお店が暖簾を閉まったし、これから先どうなっているか、まるで分らない暗闇の中。一寸先に差し込む光を求めてみんなが抗っている。

 不自由があるから自由がある、そんな現実が見え隠れする。それでも僕の胃袋は自由に流離う。こういう時代だからこそ、新しい店と出会える喜びと食への自由な心を燃やすのだ。
 
一人で食と向き合う時間こそ、必要な時。社会の人が今まですっかりと忘れていた食べる事への感謝をしっかりと胸に刻め、そして明日への生きる力へと変える。思いを込めた味を届けてくれる飲食店へ少しばかりの感謝を込めてこの前置きを残したい。

 そして、思う。今の僕は肉を食いたい。肉を、胃袋という名のタンクへと送り込む。活力という名の蒸気が巡っていく。肉を喰らえ、鉄の人よ。

 福島県を突っ切り、関東方面へと向かう国道4号の上り車線を車で行く。肉だ、今の心はすっかりと肉だ。ただのカツじゃなくて赤い鉄板の上で焼かれる肉が絶対に良い。ふと思い出す。そう言えばこの辺りに気になるのぼりを見かけたことがある。

 その記憶を元に国道を行くと、記憶に残っている暖簾と東北の地にはあまりないヤシの木が見えてきた。あそこだ。ヤシの木の並ぶ砂利の駐車場に車を止めての店へと目線を移す。

 コンテナを改装したのか、アメリカンチックな感じの色合いの2棟の並び。ラッピングで『TORASUCO Run』と店名が装飾されている。

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 そして旗のジンギスカンの文字。そうか、今求めていたのはジンギスカン、羊だ。鉄板で焼かれるラム肉、良いじゃないか。迷うことなくコンテナのほうへと向かう。

 2棟のコンテナの間に木のガレージ。なんとアウトドアチックなのだろうか。片方のコンテナの灯りは落ちているあたり、団体さんはこちらに通されるのだろう。明るいほうへ扉を開きいざ向かう。

 店内はまさにコンテナの中の西洋と言ったところだ。グリーンとイエロー、ピンクの明るい装飾と真新しいニスの長テーブル。しっかり1人ジンギスカンしやすいように区切りもされていてワクワクする。

 薪ストーブの向こうには家族が焼いている、ジンギスカンを。これは当たりだぞ。僕はカウンター席のど真ん中に陣取る。

 さて、ジンギスカンは決まりだ。他に何があるか、とメニューをひっくり返すと珍しいものを見つけた。ラムカツ。ラム肉のカツレツ。

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 これはピンと来たぞ、こいつは絶対に頼まねばならないものだと。しかし、ジンギスカンも焼きたい。

 こういう時は両方選ぶのが流儀だ。ラムカツを定食に、ジンギスカンを単品で選び、ラムの群れが机に集う。

 少し出てくるまでは時間があるわけだが、じっくりと机の周りを観察するのもまた発見がある。塩と胡椒がどんと置かれているのはこれも有りだということだろう

 。実際にラムを塩で食したことがあったが確かにあれは美味さを引き立てる食べ方で、ラムの懐深さを思い知らされたなあ。

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 ハバネロのデスソースも発見。確かメキシコ料理を食べたときに初めて食ったっけ、ハバネロソース。使ってもいいけどちょっと怖い。でも意外と辛味の中の酸味がバランスよくて個人的には地獄的ってわけじゃなかったけどなあ。

そこに並ぶ謎の赤い粉。これ、なんだ?手に取ってみるとその粉の正体がわかる。キャロライナリーパーという文字を見た瞬間震えがくる。この粉、ハバネロを相手にしない世界でも有数の辛さを誇る唐辛子かよ!こんなものがあると試したくなるのが人のサガ。

ちょこちょことみていると店主さんがジンギスカンのロースターを準備してくれた。横長タイプのジンギスカン鍋は珍しい。ロースターに灯がともり、鉄板が熱くなっていく。来たぞ、来るぞ、1人ロースタージンギスカン。

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いい盛り方のラム肉はとてもピンクのかかりが良く、新鮮であることを示している。野菜はモヤシに玉ねぎ、キャベツがいい助演野菜たちで脇を固める。

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鉄則は野菜を先に焼く、鉄板でモヤシとキャベツの水分が蒸発し、焼き目が付いていく音が聞こえる。そこへラムを焼いてやる。ジュッ、ああ、この音が鼓膜の奥まで鳴り響く。

焼いたラムを特製ダレにくぐらせて、肉食獣のように齧り付く。美味い。ラム、やっぱりオンリーワン、ナンバーワンの旨さだ。タレもしっかりとしていてラムの力に負けていない、ジンギスカン、やっぱりカンに頼ってよかった。いいジンギスだ。

野菜もまたよし。しかし、ジンギスカンの鍋ってどうしてこうもワクワクするのだろう。焼肉のロースターとは違った魔力でもあるんじゃないのか。

ここでちょっと冒険してみよう。一つの作品として仕上がったたれに、悪魔のキャロライナの粉とデスソースをほんの少し垂らしてやる。さて、どうなるか。

野菜とラムを合わせてどう出る?うん、最初はタレにピリリ館が加わっているが…一気に変わった辛味がタレにインパクトを与える。キャロライナ、ほんのひと振りでこれほどまでか、体の底から、胃袋から、徐々に熱が競りあがってくる。辛味で食欲が燃え盛っているぞ。

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そこへ待望の衣を纏った、ラム肉。ラムカツがお出ましだ。しかし、ラムカツ初めてだぞ。ラムのカツ、少なくとも僕の辞書には載ってないジャンルの揚げ物だ。

そう言えば定食で頼んでいるのでライスとスープ、漬物がセットになっている。そして、デミグラスソースが洋風カレーでよくある銀のランプに入れられて出てきた。これは期待しかないぞ。

まずはラムカツをそのまま。これは新しいカツの世界。ラムの奥深い味を衣が包み、柔らかさと奥深さの螺旋構造が出来上がっている。トンカツのようにストレートじゃなく、牛カツのように旨味を主張しないが軽やかにまとまった、新しい可能性があるぞ。

味を確認したらデミグラスソースだ。いい色だ、たまらん。洋の海に沈みとも全く衰えぬラムの存在感。洋食の新しい一ページが今、刻まれた。

カツ、カツ、キャベツ。ラムと野菜ってどうしてこうも相互関係が成り立つのだろう、偉大だ。忘れるな、焼野菜。焦がさない程度を見計らうのが難しいのがジンギスカン。肉ばかりに目を取られて焦がすのはいい采配ができない証拠だ。

焼いても、揚げても、ラムの世界は奥深い。武蔵小杉で知った世界のパノラマが、地元で見つけた店でさらに視界を広げた。食は、店を探すのは、世界開拓だ。知らない世界を探して荒野を行くんだ。

ロースターのガスを止め、一息つく。

こんな時代だからこそ、胃袋は旅をする。物語は続いてく。こんな荒れた道ではあるがきっと明るいものは待っている。心は思うままに、でも、思いはエールを送る。これからも僕はそんな味を守りたいから足袋をするのかもしれない。

今回のお店
TORASUCORun
住所 福島県西白河郡泉崎村泉崎夏針26-1
お問い合わせ番号 0248-38-9098
定休日 月曜
営業時間 11時~15時
     17時~22時


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