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【よりらじ】仏教とウェルビーイング#6 前編「自分を見つめる追善供養」#ウェルビーイングプロジェクトYoriyoi
この記事は、由宇霧さん主催のウェルビーイングプロジェクト「Yoriyoi(よりよい)」のコンテンツである、「仏教とウェルビーイング」シリーズの第6回前編です。
stand.fmとYoutubeでは音声で、仏教やウェルビーイングについて楽しく学び、よりよく生きるためのヒントが見つかるラジオコンテンツを目指します。
こちらのnoteでは、補足情報を追加しつつ、ラジオで話した内容をまとめていきます。
今回は、1周忌などの年回忌で行われる追善供養について、自分を見つめるという観点から話しました。
年回忌法要とは
年回忌法要とは、亡くなった日から決まった年数ごとに営む法要です。
亡くなって1年後に 一周忌
亡くなって2年後に 三回忌
亡くなって6年後に 七回忌
その後、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、三十七回忌、四十三回忌、四十七回忌、五十回忌
と続きます。
1年後はそのまま一周忌ですが、2年以降は数え年で数えます。
これらの年回忌法要は、すべて追善回向の場であると言えます。
追善回向とは?
追善回向(ついぜんえこう)とは、
善を積み上げて、故人に回し向けるという意味です。
「追」という字は、「追加」という熟語があるように、
何かを加えて重ねるという意味があります。
そのため、追善で「善を積み上げる」という意味になります。
では、「回し向ける」とは、どういう意味でしょうか?
仏教では、善いことをすれば、良いことが自分に返ってくるという考え方があります。これは、業やカルマと呼ばれる考え方です。
あまり聞き馴染みがない方もいるかもしれませんが、
「自業自得」という言葉はよく耳にするのではないでしょうか?
つまり、追善をすれば、本来は自分に良いことが返ってきます。
しかし、それを「回し向ける」ことで、他人に良いことを与えることになるのです。
年回忌では、その「他人」が亡くなった人になるわけです。
まとめますと、追善回向とは、積み上げた善によって受ける良いことを、故人にプレゼントすることです。
積み上げる善行について
では、追善回向で積み上げる善行とは、具体的にどんなことでしょうか?
第一には、年回忌という法要を主催したことです。
施主が僧侶や寺院に年回忌を申し込み、布施を払って、その場を作ります。
また、その年回忌の中で、浄土宗であれば一緒にお念仏をお称えし、参列者も法要に参加します。
これらすべてが善いことであると捉えられるので、追善していると言えるでしょう。
第二には、普段の生活の中での善行です。
仕事、家庭、学校、地域の中で、同僚、家族、友達、ご近所さんなどにしてきた善いことを追善することになります。
あなたはどんな善行を回向できますか?
ここまでで、追善回向とは、積み上げた善をプレゼントすることだと解説してきました。
そうであるならば、年回忌までの生活の中で、善行を積み上げなければなりません。そうでないと、プレゼントできるものが減ってしまいます。
このとき、前回の年回忌からの自分の行いや生き方を見つめ直すことになるわけです。
そして、故人はその普段の生活を
「どんなことをしているかな?」
「どんな善行を回向してくれるのかな?」
と、見守っているとも言えるでしょう。
ぜひ、年回忌などの故人を回向し、供養する場に参列するときは、
故人のことを思い出しながら、自分の行いにも思いをはせてみてはいかがでしょうか?
今回のnoteは以上です。
Yoriyoiのnote連載は、season2に入り
こうどうの「仏教とウェルビーイング」シリーズは今後も続投しますが
隔週更新となりますので、次回は3月1日の更新を予定しています。
それでは、次回の更新でお会いしましょう。
同称十念
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