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小樽と札幌を満喫する3日間(車いす、旅に出る その1)


雨のスタート

10月第1週の土曜日。
朝起きて窓の外を見上げたら、雲は出ているものの雨は降っていなかった。昨晩、ニュースで台風の影響について報じていたので、少し安心した。
準備した荷物を電動車いす・WHILLに積んで、いそいそと出かけた。ところが、本格的に雨が降ってきたではないか。がっくりと肩を落として引き返し、レインコートをかぶって出直しだ。今日はスタートからついていない。この旅行もどうなることやら。
ところが駅に着く頃には雨は止んできた。喜ばしいことだが、濡れたレインコートを片付けるのにも片手では手間がかかる。面倒くさいが、時間に余裕を持っていてよかった。早くも余裕を使ってしまったのが気になるが。

私は5年前に脳出血を発症し、今は片麻痺と失語症の後遺症を持っている。家の中を歩くことはできるが、外出時はWHILLを頼っている。そんな私でも旅を楽しむことができている。

横須賀線に乗り横浜で京急線に乗り換える頃には、完全に雨は病んでいた。電車は地下に滑り込み、終点の羽田空港に着いた。すなわち飛行機に乗る。昨年と同様、北海道への旅。今回は小樽を中心に観光する予定だ。

JALのスペシャルアシスタンスカウンターでWHILLと荷物を預ける。こういった手続きも3回目で慣れたものだ。グランドスタッフがてきぱきとチェックしているのをゆったりと眺めていた。
すると遅れてきた家族と合流。車いすに乗り換えてチェックイン。空港では彼女たちに押してもらうつもりだ。
今回は家族も誘ったら来ることになった。妻と、成人したばかりの娘2人の計4人。全員で旅行など久しぶりだ。障害を得てからは始めて。なお、プランニングはお父さん。彼女たちの要望を訊いて、どこまで喜ばれるか。

搭乗口までスムーズに移動。そこからのアナウンスがあり、到着便が遅れている影響で約30分出発が遅れるとの事。その程度は気にしない。それくらいの余裕は見ている。車いすの旅は、バッファを持つことが大事だ。これまでの経験で知っている。
優先搭乗を使い、タラップの先頭までは車いすで進む。飛行機の中では杖をついて歩くのだ。今まではドアの近くの席へ移動できたが、今回は家族もいて人数が多いため、空いていても前方の座席に変更はできず、後方の予約した席への長い距離を移動することになる。
飛行機の中で見ると、通路はかなり狭く遠く感じる。少し不安だ。しかし歩いてみると問題はなかった。まだ誰も座っていないので、背もたれをつかんで進んでも誰にも気兼ねしないのだ。CAの助けも必要とせず、着席した。ほっと一息。

空港での予期せぬトラブル

新千歳空港に到着して、預けた荷物の引き渡しを受けた。

新千歳空港。広告にわくわくする

ところが困ったことに、WHILLにオプションで付けた杖置きの受け皿の部分が脱落してしまい、座面の下の籠にそれが置いてある。それを謝罪せずに知らんぷりして渡してくるとは、ずいぶんひどい。
グランドスタッフは連絡を受けていなかったらしく、こちらの申し入れに驚いて申し訳なさそうに、なんとか直せないか手を尽くしてくれたが、結局応急処置として養生テープで止めるだけになった。復路の時に検討するという。それならば数日はこれで使えればいいと考えて、その場を後にした。

しかし、このやり取りに30分以上費やして、トータル1時間以上予定が押している。若干焦った。予定していたJRの快速列車は当然行ってしまい、そこから2本後の快速になりそうだ。
計画では札幌駅に30分程早く着く予定だったが、逆に30分近く遅れて到着することになる。飛行機の予定は変更しがちだからと、指定席を取らなかったことは正解だったが、ここまで遅れるとは計算していなかった。仕方ないが急ごう。目標は札幌駅のバス停だ。
JRの改札で切符を見せると、WHILLを見た駅員さんが、「○○さんですか?良かった、お待ちしていました」と、ほっとした様子で改札を通してくれた。私の到着が遅れていたので、やきもきとしていたようだ。先導してくれたシルバーの職員さんも私が来ることを知っていたようで、「どうなるかと思いましたよ」と、笑顔を見せた。それから、てきぱきとスロープを掛けて発車直前の列車になんとか間に合わせてくれた。

サッポロビール園へ

17時前、札幌駅についた。北口の駅前に出ると、辺りはもう夕方だ。

JR札幌駅

ここからは直行バスでサッポロビール園に行き、ジンギスカンを楽しむのが今日の目的。当初の1時間遅れでバス停へ着いた。
事前にバス会社へは連絡してあったが、遅れることは伝えていない。北海道のバスは、都市部であっても車いすは乗れないものが多いので、事前に調整をお願いしておくのだが、時間が変わっても対応できるのか。少し心配だ。
バス停には長い列ができていた。家族は列の後ろへ並んだが、私もそこにいると運転手に気づかれないため、私だけ前方に来た。
17時半。定刻通りバスが付いた。いわゆる「路線バス」だ。運転手が私を見ると、さっと降りてきて何事もないようにスロープを掛けてくれた。良かった。

札幌の街を走るバスから眺めていると、早くも秋の装いを着ている人が多い。北海道に来たことを感じる。

「麦とホップを製すればビールという酒になる」

10分ほどでサッポロビール園に着いた。予約は18時30分。食事の前に観光だ。計画を立てた時に、この夕闇が迫る時間帯のビール工場は写真映えすると思ったのだ。
1時間短くなったのは残念だが、だんだん暗くなってくるのを楽しむかのように、娘たちはシャッターを押している。私も取っておこう。

初めてのジンギスカン

すっかり暗くなって予約の時間が近づいた。
複数あるレストランの一つ、「開拓使館」という建物に入った。そこはレンガ造りで、屋根が高く重厚感が漂っている。“サッポロビール園のシンボル”と言うらしいが、まさにそう。
入ってすぐのエレベーターで2階に上ると、ラム肉のいい香りがホール内に充満して、テンションが上がる。たくさんのお客さんがワイワイガヤガヤと、楽しそうに食事をしている。その中を通って席に案内された。

本格的なジンギスカンは初めてなので、店員さんに教わった通りに焼いてみた。鍋の端に野菜を並べ、盛り上がった中央で肉を焼く。すると野菜が肉汁を吸って美味しくなるらしい。
焼き上がって娘に取り分けてもらった。ラム肉は香りが良く、やわらかでおいしい。鳥や豚もあって、いろんな食感や味が楽しめて楽しい。野菜も抜群だ。思わずビールのジョッキも空く。

ラム肉の香りが食欲をそそる

ふと周りを見ると、店員さんに教わった方法と違った焼き方をしている人たちがいた。野菜を鍋全体にしいて、そのうえで肉を焼いているのだ。蒸し焼きに近いのか。そういえばインターネットで、ツウのような人がそんな焼き方をしていた気がする。
その話を家族にしてみたら、真似をしてみようということになり、早速蒸し焼きにしてみた。すると、野菜と一緒に食べることで野菜がよりおいしく感じられ、肉も柔らかくなっているようだ。野菜好きの家族には好評だった。
2種類の焼き方それぞれの美味しさを堪能して、大満足だ。家族全員満腹になって、予定通りにビール園を後にした。

バス停に向かうと、ちょうど一台のバスが止まっていた。運転手は往路と同じ人だ。私が来たことに気づくと、笑顔で席を立ってスロープを掛けてくれた。この路線は駅とビール園の間をピストン輸送してくれるのだが、どうやらこの時間は1台のバスで運行しているようだ。なるほど、同じバスなら心配ない。運転手の余裕のわけが分かった気がする。

小樽のホテルへ

札幌から小樽まで列車で行く。21時過ぎの小樽行きは混んでいた。乗れないほどではないが、車いすはちょっと気まずい。
大勢いた乗客も半数は数駅で降り、そこからしばらく行くと街の灯も消え、列車は闇の中を進むようだ。
やがて街が見え、小樽に到着したのは22時前。駅舎の外はぐっと気温が下がって寒い。一応暖かい格好は用意して来たのだが、それでもまだ寒い。北海道の寒さを見くびっていたようだ。

「むかい鐘」昔は列車の発着を知らせるために鳴らされたそう

ホテルまでは徒歩で10分程。小樽運河だ。なかなか雰囲気のいいホテルだ。フロントの脇には車いすが置いてあった。私の障害のことを伝えていたからか、普段からこうなのかは、うっかりしていて確認しなかった。

車いすがフロントの横に置いてあった

部屋に上がった。運河が近いと言うことだが、窓の外は倉庫がある以外よく見えない。運河の見える部屋を予約したのに、失敗したかもしれない。妻は明らかに残念がっている。海は見えるようだから、それでもいいじゃないかと慰めた。

このホテルには大浴場がある。私が入れるかはわからないが、チャレンジしてみようと思う。
装具を屋内用に履き替えて大浴場の入り口までWHILLで行き、そこからは歩きだ。脱衣所へは段差があったが問題ない。靴箱の棚につかまって登る。脱衣所を見渡すと、洗面台の所に丸椅子がいくつかある。1つだけ拝借して、ロッカーに手が届くところで背中が壁になるようにそれを置いた。うん、ここなら大丈夫だろう。
座って服を脱いだ。ほぼ我が家と同じ動きだ。麻痺足に痛み防止のプールソックスを履き、浴室に向かう。入るとメガネが曇るが、それは予想通り。歩幅を小さくしてゆっくりと慎重に歩いた。そして一番近くの洗い場へ到着し、そこで座った。ほっとした。
体を洗い、さっぱりしてから浴槽に入る。
浴槽のふちは、思った通り人が座れるほどの厚みがある。これなら跨いで入らずに座って入ることができるので安心だ。久しぶりの大浴場。足と体をめいいっぱい伸ばして、ゆっくり入った。
とても嬉しかった。チャレンジ成功だ。(続く)


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