ラジオドラマ原稿『私の雨』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2023年6月20日オンエア分)
食事のあと別れを告げられることは分かっていた。
レストランを出ると、彼女は左へ、僕は右へ歩き出した。
振り返ると彼女は前を向いてもう遠くにいた。
先の角を曲がるまでずっと彼女の後ろ姿を見ていた。
雨が降り始める。
雨に気付いて僕はやっと歩き出した。
この雨は僕の涙だろうか。
雨が少し強くなる。
男「やれやれ」
僕は雨宿りをすることにした。
彼女も雨に濡れてないだろうか、
と思ったがすぐにその考えは消えた。
こういうとき、いつも彼女は傘を用意していた。
そういう女性だった。
雨はしばらく弱まりそうもなかった。
そこへ白いワンピースを雨に濡らしながら女性が走り込んできた。
男「すみません、この雨は僕のせいなんです」
と言いそうになるのを我慢して、
僕は静かに立っていた。
雷が鳴る。
女「きゃー」
その声と共に、
白いワンピースが僕の胸に飛び込んできた。
女「ごめんなさい。怖くて」
男「いえ、大丈夫ですよ」
女「少しこのままでもいいですか」
そう言って彼女は僕の胸の中にいた。
彼女は泣いているようにも見えた。
そして目の前にバーの明かりが見えた。
男「しばらくこの雨は止まないようですし、雷もまたなるかもしれません。あのバーに入って少し待ちませんか」
ドアの音。バーのBGM。
氷の音。
女「この雨は私のせいなんです。私の涙のかわりに降っている雨。だからお詫びに、御馳走させてください」
男「それだと僕も君に一杯奢らなきゃいけない。たったいま、恋人と別れてきたんだ。雨を降らせているのは僕の方だ」
彼女は悲しげに笑った。
男「僕は真剣に結婚を考えていた。たとえそれが別居中の人妻であろうとも」
彼女は表情も変えず聞いていた。
男「きっとうまくいく。彼女の子供だって僕を気に入ってくれてた」
そういうと、彼女は僕の方を見ていった。
女「もう好きでもない夫なのに別れられないのは、きっとあなたを後悔させたくないから。そして、たぶん私のせい」
男「え?」
女「私の母も、父と別れてからはずっと一人でした。たぶん私がいたから、私のことを思って。私、母親に言ったことあるんです、お父さんじゃなきゃいやだって。あなたの愛した女性の子供も、私みたいな女の子かもしれないなって」
彼女はまた悲しげに笑った。
女「それなのに、私は子供から父親を奪おうとした」
どうやら彼女もまた、不倫をしていたようだった。
女「彼が娘さんと奥さんと楽しそうに食事をしているのを見ちゃったんです」
彼女が話し終えると雨は止んでいた。
女「雨、止んだみたいですね」
男「もう少し話しませんか、一杯御馳走するんで」
おしまい
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