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オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル『桜の木の下で』(2021年5月4日オンエア分ラジオドラマ原稿)
「写真を撮ろう」
舞鶴公園はその年も桜が満開に咲いていた。
「はい、撮りましょう」
男の提案に彼女は嬉しそうに同意した。
「サクラ、ほらこっち向いて」
男は彼女が振り返ると同時にシャッターを切った。
「まだ準備できてないです(笑)」
「自然な表情でいいんだよ」
と言ってまた男はシャッターを切った。
「ねえ、一緒に撮りましょうよ」
「いいよ僕は。恥ずかしいし」
「私の写真ばかりでは残念です。一緒に写っている写真も少しは持っていたいの」
「分かったよ。ほら笑って」
と言って男はまたシャッターを切る。
こういうわけで彼女の写真ばかりだ。
「じゃあ、このセルフタイマー機能を使って撮ろう」
男はベンチの上にカメラを置いて小石を挟んで少し斜めにしてファインダーを覗いた。
「うん、いい感じだ。いまピントを合わせてる。桜がきれいだ。サクラもきれいだ」
「いいから早く来てください」
男がシャッターを押すと、ジジジジという音がなり出した。
そして彼女の横に立つと男は彼女に微笑んだ。
<ガシャンという音>
「あ!」
「二人とも横向いたままでしたよ」
「もう一回撮ろう」
男はカメラのところに戻ってフィルムを巻き上げようとして気付いた。
「あ!いまのでちょうどフィルムがなくなってしまったよ」
「あらら(笑)私の写真ばかり撮るから」
「それでいいんだよ」
<スマホのシャッター音>
今年も彼女は舞鶴公園にいた。
スマートフォンを持って桜の写真を撮っているようだが、使い方がいまいちわからず、うまく撮れないようだ。
「写真撮りましょうか?」
親切な男が彼女に話かけた。
「あら、嬉しい。お願いしてもいいかしら」
そういうと彼女はスマートフォンを男に渡した。
「主人を数年前に亡くして以来、人に写真を撮ってもらうのは久しぶりです」
「そうなんですね」
男はつとめて明るくそう答え、そしてスマートフォンで写真を撮った。
「ありがとうございます」
彼女はお礼を言ってスマートフォンを受け取った。
彼女の待ち受け画面は、若い男女が満開の桜の木の下で見つめ合う、白黒写真だった。
おしまい
※こちらの小説は2021年5月4日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア