『約3分のデート』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2022年5月10日オンエア分ラジオドラマ原稿)
女 「じゃあ、お互いせーので好きな人を言い合おうよ」
男NA 「彼女はそう言って、少し笑った。
大学に入って初めての夏休み、高校時代の同級生の女の子と、
僕はばったりももち浜で再会した。
僕らは高校3年生で同じクラスになって、
お互いとても気が合っていたように思う。
僕は彼女に好意を持っていたし、彼女も僕に好意を持っていた。
事実クラスで一番、僕は彼女と目が合うことが多かった。
けれど僕らは、お互いの気持ちを確かめ合う術を、
想いを伝え合う言葉を、当時はまだ持ち得てはいなかった。
それはなにより、この関係性が崩れてしまうの嫌だったんだ。
それから僕らは別々の大学へ進み、
僕の視線から彼女は外れてしまった。
そして大学へ入って初めての夏休み。
ももち浜に来ている何人もの海水浴客の人ごみの中で、
僕はたったひとり彼女とだけ、目が合ったんだ。
女 「元気?」
男 「うん、そっちは?」
女 「うん」
男 「大学は?」
女 「楽しいよ。そっちは?」
男 「うん、楽しい」
男NA 「久しぶりに聴く彼女の声が、まだ半年ほどしか経ってないはずなのに、なんだか大人っぽく聴こえた」
女 「ひとり?なわけないか」
男 「うん、友達と」
女 「友達?」
男 「ああ、大学の」
女 「…彼女?」
男 「え、ああ、いや、…うん」
女 「彼女いるんだ…」
男 「…そっちは?」
女 「え?」
男 「彼氏とか、できた?」
女 「全然」
男 「そっか」
女 「いいなあ」
男NA 「僕はなにを話したらいいか分からなくなった。
高校の頃は、何時間話しても話し足りないと思っていたのに。
次は僕のしゃべる番だ。なにか言わなきゃ。そう思っていると言葉が勝手に出た」
男 「好きな人は、いないの?」
女 「いるよ」
男 「そうなんだ」
女 「高校のときからずっと変わってない」
男 「え?」
女 「ねえ、高校3年のとき、好きな人いた?」
男 「え、ああ、うん、いたよ」
女 「じゃあさあ、せーので好きな人言い合おうよ」
男 「え?」
女 「高校3年生のとき、好きだった人の名前、いまからせーので言うの。
いくよ、せーの」
男NA 「せーのの合図のあと、彼女は僕の名前を言って、僕は少しだけ遅たけれど、彼女の名前を言った」
女 「そっか、もう少し早くせーので言ってればよかったな」
男 「…うん」
女 「じゃあね」
男NA 「彼女はそういうと振り返って歩き出した。
僕が声を掛けようとしたそのとき、うしろからガールフレンドが声を掛けてきた。
ガールフレンドは僕にカキ氷を渡してくれた。
すぐに僕は彼女の行ったほうへ目をやったが、彼女は人ごみに消えてもう見えなくなってしまった」
おわり
※こちらの小説は2022年5月10日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア
感想は #こちヨロ で
挿絵・作:Gota Ishida