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『最後の恋は』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2022年5月24日オンエア分ラジオドラマ原稿)
何一つうまくいかない日、というのが人生には時々ある。
この日僕はフラレた。これが最後の恋だと思っていた人だ。
気がつくと僕は見知らぬバーのカウンターでひとり、ダイキリを飲んでいた。
ぽっかりと空いてしまった胸の空洞には、少し強めの酒を流し込む必要があった。
3杯目を飲み干し、席を立とうとした時⋯
女 「もう終わりね。」
後ろのテーブル席から声がした。
僕は思いとどまり、タバコに火をつける。
女 「さようなら。」
誰かが静かに立ち上がり、店から出ていくのを、僕は背中で感じた。
振り返ると、ショートカットの女性が出口の方をじっと見つめて座っていた。
男「いいのかい?追いかけなくて」
女「あら、一人にしてほしいのかしら?」
男「おっと、そいつはゴメンだ。今夜は一人になりたくない。」
女「邪魔じゃなければ、お隣いいかしら」
男「勿論。君のために空けておいたんだ。」
折れてしまいそうなほど華奢な女の子だった。
男「辛い恋をしたんですね」
女「どうしてわかるの?」
男「君に恋をしているから」
女「私のこと何も知らないのに。」
男「それじゃあ⋯君の好きなお酒を一杯ご馳走させてくれないかな。」
女「あら、貸しを作っても何も出ないわよ」
男「いや、知りたいんだ。君のことを何が一つでも。」
女「⋯いいわ。」
というと、彼女はマスターを呼び、耳打ちをした。
カクテルができるまでの間、僕達は一言も話さなかった。
彼女の大きな瞳がキャンドルに揺れていた。
「乾杯。」
男「美味しいね。とても気に入ったよ。」
女「よかった。」
男「名前を教えてくれないか」
女「XYZ」
男「XYZか。」
女「"最後の一杯"という意味よ。」
男「初めて教えてくれたのが"最後の一杯"か。面白い皮肉だね。」
女「⋯最後の恋だと思った人だったの。」
男「ああ、さっきの人かい。」
女「でも、最後の恋が必ずしも実るとは限らないのね。」
グラスを見つめる彼女の目が少し潤んだ気がした。僕は目の前にある二つのグラスを一気に飲み干した
男「マスター、同じものをもう一杯。」
女「ひどいのね、自分の分だけ。」
男「いや、一杯でいいんだ。」
女「どういうこと?」
男「良がったら一緒に飲んでくれないかな。僕達の"最後の一杯"を。」
XYZ
これ以上のカクテルは作れない、即ち、最後一杯であり、最高の一杯であるという、バーテンダーの自信に満ちたネーミングだ。
人生最後の恋は、最高の恋であるに違いない。
だとすればそれは、僕にとっても、彼女にとっても、きっとこれから訪れるものだ。
おしまい
※こちらの小説は2022年5月24日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエアされました
感想は #こちヨロ で
挿絵:Gota Ishida
最初に本作をオンエアしたのが2013年にて、誰もデータで原稿が残ってなく探した結果、唯一印刷した原稿が奇跡的に残っておりました。久しぶりの更新となります。