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『彼女の推し』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年6月15日オンエア分ラジオドラマ原稿)

僕の彼女には推しがいる。

しかも推しは男だ。

自分の彼女に僕以外に好きな男がいるというのはいささか問題な気もする。

「大丈夫、推しと恋人は別もんよ」

と口ではいうものの、

「推しと結婚したい。どうしたら結婚できるだろう」

というようなことは言っている。

とはいえ彼女は推しとは結婚はできない。

なぜなら推しは徳川家康だからだ。


「とにかく家康さんって人ができてるの。人がいい。戦国武将の中で一番穏やかで優しい男は家康さんだと思う」

と彼女は徳川家康を尊敬してかさん付けで呼ぶ。

「ねえ知ってる?家康さんの言葉。人生で大切なことは5文字だと『上を見るな』、7文字だと『身のほどを知れ』」

彼女は家康さんのこういう言葉が好きなのだそうだ。
いわゆる歴女ってやつだ。
僕もまあ歴史ものを、漫画や小説、大河ドラマなんかでそれなりに見ていた。
だから彼女に家康さん情報をたまに教えてあげたりする。


「うん、それ知ってる。てかあなたが知ってる家康さんのことで私が知らないことなんてないから、推しなんだから」

とまあ少々厳しいことを言われたりもする。


なので僕はなるべく彼女の推しについては触れないようにしていた。


「ねえ、まじで最高なんだけど」
「どうした?」
「これ見て」

彼女はスマホの画面を僕に見せて嬉しそうに言った。

「徳川家康と歴代将軍?。福岡市博物館で7月中旬から。てかこれ私のために開催してくれるの!」
「ふふふ、そうかもね」

「やばい。過去最大の久能山東照宮展だって。死ぬ」
「久能山東照宮ってたしか静岡にあるところだよね?」
「そう!よく知ってるね」
「まあそれくらいは」

「歴代全将軍の甲冑も展示だって、やっばいよね!」
「すごそうだね。15代将軍慶喜の甲冑まで全部見られるんだ。」

「ソハヤノツルキ!」
「重要文化財。」
「なんか詳しいね」
「だって、君が好きなことだから。君が好きなものは僕だって好きなる」
「…ありがとう、うれしい」
「一緒に観にいこう、家康展」
「うん」


そういうわけで僕も徳川家康という武将に興味を持ち、多少の嫉妬などもたまに混じりつつも彼女の推しを好きになることにした。


家康展を彼女一人で生かせるわけにはいかない。
だって彼女と家康さんを二人きりにするわけにはいかないから。



おしまい


※こちらの小説は2021年6月15日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210615210000


※特別展「徳川家康と歴代将軍~国宝・久能山東照宮の名宝~」
2021年7月16日(金)~9月5日(日)
会場:福岡市博物館 2階 特別展示室  https://kunozan2021.com/

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