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オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル『ケーキを買いに』(2021年5月18日オンエア分ラジオドラマ原稿)
僕がケーキ屋に行く理由は、だいたい1個くらいしかなくて、それは、彼女に会いたいと思っていることだ。
「いらっしゃいませ」
駅前のケーキ屋さんで、僕は彼女に一目惚れをした。
バイトなのか見習いなのか家の手伝いなのか、もちろんはじめは分からなかった。
白いコックコートを着て、ベージュのハンチングの後ろから大きな三つ編みでしばった少し長めの髪の毛が肩から前に出ていた。
彼女と目があって、慌てて目を落としてガラスケースに入ったケーキを眺めた。
「このエクレアを一つください」
「はい」
目に入ったものを言っただけだった。
どのケーキを食べようとか、そんな余裕は今の僕にはなかった。
「お持ち歩きの時間はどのくらいですか?」
「あ、いや大丈夫です」
「はい、ではこちらエクレアになります」
「ありがとうございます」
僕は彼女の手に触れてしまわないように気をつけながら、
小さなケーキ箱に入ったエクレアを受け取った。
彼女はニコッとして、
「ありがとうございました」
と言った。
もちろんこの店でケーキを買ったすべての人にそうしているのだろうけど、僕にしか見せない笑顔だったんじゃないかと簡単に勘違いできた。
それから数日後、またそのケーキ屋さんに行った。
もちろん彼女に会うためだった。
「えーっと、チーズケーキを一つ」
「ケーキお好きなんですか?」
「え?」
「こないだも、確かエクレアを買っていかれましたよね?」
「あ、はい」
「男性のお客さんってお土産で買っていくのが多いので、自分で食べるのかなあって覚えてました」
「あ、そうなんですね、とてもおいしかったですエクレア」
「ありがとうございます」
それから僕はそのケーキ屋さんに数日おきに通うようになった。
「今日はどのケーキにしますか?」
「じゃあ、モンブランで」
そしてその店のケーキを、順番に一つずつ買っていった。
シフォンケーキ、タルトタタン、ミルフィーユ、ザッハトルテ、ガトーショコラ。
そして僕は決めた。
この店のケーキをすべて食べたら、彼女に告白すると。
「いちごのショートケーキを一つ」
「はい。これで全部ですね」
「え?」
「このお店のケーキ、ひと通り全部」
「あ、分かってましたか?」
「はい。全部食べちゃったらもう来なくなっちゃうのかなとか思って」
「あ、いやそんな」
「どれがお好みでした?」
「あー、いやどれもおいしいです」
「ありがとうございます」
「でもしいていうなら、エクレアです。エクレアがとてもおいしかったです」
「え、うそ!このエクレア私が作ってるんです」
「あ、そうなんですか」
「私、パティシエの見習いで、まだエクレアしか作れなくて」
「そうだったんですね。とてもおいしかったです。エクレア」
「ありがとうございます」
次にお店に行ったとき僕はエクレアを買って、彼女にデートを申し込んだ。
返事はOKだった。
しかし彼女から条件がでた。
「はい、じゃあ次はこのミルフィーユ」
初めてのデート。
僕は彼女の部屋で試食係になっていた。
おしまい
※こちらの小説は2021年5月18日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210518210000