ラジオドラマ原稿『夕日、沈まないでよ』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2023年8月1日オンエア分)
波の音。
ホテルのバーのカウンター。
男「何を考えているんだい?」
男は女にそう聞いた?
女「来年の今日は、何をしているんだろうなって」
男「来年もこのホテルに泊まろう、そしてこのバーで海の向こうに太陽が沈んでいくのを見ていよう」
二人の顔はゆっくりと赤く染まっていった。
それは西の海に沈んでいく赤い夕陽と、二人が飲んでいるテキーラサンセットのせいだ。
女「このバーのバーテンダーさんはとてもかわいそうね」
男「どうしてだい?」
女「だって、こんな綺麗なサンセットを見ることができないのよ」
カウンターの目の前は、大きなガラス窓になっていて、
バーテンダーは沈みゆく夕陽に背を向けて立つことになる。
男「確かに美しい夕陽を眺めることはできないかもしれない。
でも彼は美しい君を、正面から見ることができる」
女「ふふふ。お客さんの顔をジロジロ見るようなことはしないはずよ」
男「ふふふ」
男はテキーラサンセットを飲み干した。
女「沈まなければいいのに、太陽」
男「どうしてだい?」
女「どうしてだろう。ずーっとこのままがいいなって思うことがあるの」
男「このままさ、来年も再来年も、これからもずっと」
二人は翌年もその翌年も、このホテルのサンセットバーで、
テキーラサンセットを飲みながら顔を赤く染めた。
だがその次の年、彼らはそのバーにはいなかった。
女は、別の町の別の海で、沈んでいく夕陽を眺めていた。
そして隣には別の男がいた。
男2「僕は君が好きだ」
その男は女を見ずにそう言った。
男2「だけど君を好きになるほどに、僕は悲しくなってしまうんだ」
女は黙って沈んでいく夕陽を眺めていた。
男2「なぜか分かるかい?」
女は男の方へ振り向いた。
男2「君の瞳には、僕は映っていないんだ」
女は俯き、男の顔が見れなかった。
男2「君は忘れられない人を持ってしまっているように、僕には思えます」
女「ごめんなさい」
女は沈んでいく夕陽を眺めながらそう言った。
あの男は、あのホテルのサンセットバーで沈みゆく夕陽を一人眺めていた。
飲み干したテキーラサンセットの隣には、
もう一つの飲まれることのないテキーラサンセットが置かれていた。
来年も男はここにくるだろう。
そのときは彼女も一緒に。
おしまい
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