ラジオドラマ原稿『出さない手紙』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2023年7月18日オンエア分)
♪ Starting Over / John Lennon
バーのカウンター
男はそのバーに手紙を預けていた。
それは3年前に書いた手紙。
何度も書き直してポストまで行って出せなかった手紙。
捨てることもできなかった。
男「マスター、この手紙持っててくれないかな」
手紙を持ったままバーに入り、男はマスターにそう言った。
マスターは何も聞かずその手紙を受け取って、棚の奥に置いた。
3年前のことだ。
手紙は3年間、そこから動いていない。
その手紙を渡そうと思っていた女性が、
男の隣りに、3年ぶりに座っていた。
男「元気そうでよかった」
女「あなたも」
男「変わらないね」
女「あなたも」
男「悪かったね」
女「どうしてあなたが謝るの?悪いのは私なのに」
男「君のことを無視し続けた」
女「3年ね。でもそれくらいのことを私はしてしまったの」
3年前、男は女にプロポーズをした。
女は泣いていた。
翌日、女が別の男と夜の街を歩いているところを、
男は見てしまった。
別の男は女の腰に手を回していた。
男は去った。
それから男は女の連絡先を消し、写真も全て消去した。
男「君に言い訳してほしくなかったんだよ」
女「謝らせてほしかった」
男「僕の弱いところだ」
女「ここに来ればあなたに会えると思って毎日のように来ていたの。そしてやっと会えた」
男「ああ、やっと来れた。ここに来れば君に会えるかもしれないと思っていた」
女「本当にごめんなさい」
男「いいんだ。僕の方こそ、悪かった」
女「あのとき一緒にいた男性は、もう別れていた彼氏だった。すごくしつこくて強引だった。だから会ってきちんと精算したかったの。でも私はあなたに嘘をついた。会ってしまったのが、よくなったの」
男はただ聞いていた。
女「あなたがあの棚に置いた手紙、マスターから渡されたわ。でも読めなかった。読んでしまうと、全てが終わってしまうような気がして。読んでしまうと、あなたに会えなくなるような気がして」
男はウィスキーを飲み干してマスターに言った。
男「いままでありがとう。その手紙を捨てくれないか」
マスターは男の言われた通り手紙をゴミ箱に捨てた。
男「彼女と僕に一杯ずつカクテルを頼むよ。スターティングオーバーを」
おしまい