オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル『離さない』(2021年4月13日オンエア)
「知ってるよ」
と言って彼女は笑った。そしてグラスを傾けてモヒートを飲んだ。
彼女には恋人がいた。
僕はそれを知っていた。それを知っていて、彼女に好きだといった。
「あなたのことが、好きです」
「知ってるよ」
そう、彼女は僕が好意を持っていることを知っていたんだ。
「そっか、そりゃ分かりますよね」
「うん」
「でも別に彼氏から奪おうとか、そういうつもりではないんです」
「じゃあ、どういうつもり?」
彼女はいたずらっ子のような顔をして僕を見た。
10歳上の彼女が年下に見えた。
僕はどう答えていいかわからず、とりあえずモヒートを飲んだ。
グラスはもう空になっていた。
「もう一杯飲もうか」
「はい」
彼女は同じ会社の先輩で、僕よりも10歳も上で、3年ほど付き合ってる彼氏がいる。
サイゼリアとかくら寿司しか行ったことのなかった僕を、イタリアンのレストランやカウンターのあるお寿司屋さんに連れてってくれた。
静かなバーのカウンターでモヒートを教えてくれた。
「あなたはLINEがすぐ既読になるし返信もくるから」
「当然です」
「それがすごくうれしいの」
「…よかったです」
「私の送ったメッセージが、送ってすぐ目の前で既読になって、あなたが文字をフリックしてるのがわかる」
「なんかダサいっすね俺」
「彼に送った私のLINEはね、既読にしないで放置してるのがわかるの。なんで既読ってなったり、一行だけ表示されたり、通知がきたり、そういうのにザワザワしちゃうんだろうな私って」
「ただ忙しくてスマホを見れないだけってこともあるんじゃないですか」
「…そうね」
なんで彼女の彼氏を擁護するようなことを言ったのか自分でも分からなかった。
「このバーに入る前にね、彼にLINEしたの」
「なんて、送ったんですか?」
「別れたいって」
「…既読になったんですか?」
僕の質問に彼女は首を横に振った。
「多分、通知は見てるだろうけどね」
そのとき、カウンターにうつ伏せておいてあった彼女のスマホが鳴った。
彼女はスマホを見たあと僕の方を見た。
それからスマホに手を伸ばした。
「既読にしなくても、いいんじゃないですか」
スマホの上に置かれた彼女の手のひら上に、僕は手を重ねた。
「手、冷たいね」
「ごめんなさい」
慌てて引っ込めた僕の手を彼女は追いかけて、僕の手を包み込むように握った。
「温めてあげるよ」
僕も彼女の手を握り返した。
「今日はこのまま朝まで、僕と話しをしましょう」
彼女は僕の手をギュッと握ってこう言った。
「うん、離さない」
おしまい。
※こちらの小説は2021年4月13日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア