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『秋を知る』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年11月2日(再放送:11月6日)オンエア分ラジオドラマ原稿)

彼女は料理が得意だった。

女「こんなのてきとーよ。クラッカーにマリネサーディンとアンチョビ、ハラペーニョスライスを順番に乗っけて最後にミントを飾っただけ」
男「うまいよ、このスパイシーマリネサーディンのピンチョス」

ブランデーを飲んでいるとお酒にあったおつまみを彼女はささっと作って出してくれた。

ビーフジャーキーとクリームチーズのディップ。
アーモンドとレーズンのポテトサラダ。

女「このコンビーフと皮付きポテトなんだけど、ハニーマスタードソースつけて食べたらすごくおいしいと思うわ」

彼女はそれらのレシピを僕と行くいろんなバーで盗んできたようだ。

女「あのバーのマスターにこっそり教えてもらったの」

バーのマスターと仲良くなるというのが彼女の特技だった。

女「こないだ行ったアイリッシュパブのフレーバーポップコーン、あれおいしかったでしょ。作ってみたの4種類のフレーバーよ」

彼女は完璧に再現していた。

女「これがケイジャンスパイス、これはバジル、これはパプリカパウダー、そしてこれがハチミツとナッツを絡めたポップコーン。きっとジントニックにぴったりよ」

それはもちろん、ハイボールにもラムにも、そのお酒に合う決して邪魔をしないおつまみを作った。
そして秋になると必ずイチジクバターを作った。

女「黒イチジクが売ってたの。あなたの好きなイチジクバターを作ってあげる」

彼女の黒イチジクバターを食べて僕は毎年秋になったと知る。

だけど、今年はもう秋になったというのに、僕はまだイチジクバターを食べていない。

去年の冬、僕は彼女の作るおつまみ以外のものも食べたくなってしまった。
そして、それを食べてしまった。ほんの出来心だった。
しかし彼女はもうそれっきり、何も作ってくれなくなった。

僕は彼女のイチジクバターが食べたかった。

男「やあ久しぶり」
女「久しぶりね」
男「電話番号、消してなかった?」
女「ええ」
男「会えないかな?週末の日曜はどう?」
女「その日は無理なの」
男「急だったか」
女「…結婚式なの。私、結婚するの」

そのあとの彼女とたわいもない会話をして電話を切った。
僕がおめでとうと言ったのは電話を切ったあとだった。

それから数日たったある日、荷物が送られてきた。
送り主は名字の変わった彼女だった。
要冷蔵と書かれたスチロールの蓋を開けると、彼女の作ったイチジクバターが入っていた。
今年も僕は秋になったと知った。



おしまい


※こちらの小説は2021年11月2日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20211102210000

※こちヨロは土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けしています。

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