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オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル『アクリル板越しの恋』(2021年4月6日オンエア)
手元に4枚のチケットがある。
2枚はプロ野球公式戦、3月20日福岡ソフトバンクホークス対千葉ロッテマリーンズ、
2020年の開幕戦予定だったチケットだ。
知ってのとおり、この日この試合は行われることはなく、そして僕はデートに誘うことができなかった。
つまり、僕の恋愛も開幕しなかったわけだ。
僕の想いを寄せる女性は、天神のとあるデパートのサービスカウンターに座っている。
2020年は片想いの人間にとってはそれこそ緊急事態であった。
不要不急の外出は控えること。
はたして恋とは不要不急なのだろうか。
たった一人の部屋で自問自答する毎日だった。
恋人同士であればステイホームなど歯牙にもかけなかったであろう。
ましてや付き合いたてであれば何をか言わんや。
遠距離恋愛にはリモート飲みがあったし、
倦怠期カップルにはむしろ好都合だった。
結婚もあれば離婚も多かったようだが、
世間は何かにつけてその影響をこじつけたがる。
いつの時代だって結婚もあれば離婚もある。
ただ、なんの補償もなかったのは、
始まっていない恋についての補償だ。
これから知り合いたいと思っている相手を誘って、
おいしいイタリア料理を出してくれる席数の少ないお店に行って、
ピザを食べてワインを飲んで何気ない話しをたくさんして、
それからカウンターだけのこじんまりした落ち着いたバーに入って、
ろうそくの灯りを見ながら、季節のフルーツのカクテルを飲み、
時間を忘れるほどゆっくりと過ごすことが、許されなくなったのだから。
一年が経って、
この想いが不要不急ではないと分かった。
使えなくなった2枚のチケットをゴミ箱に捨て、
新しいチケットを2枚持って僕は街へ出かけた。
プロ野球公式戦、3月26日、福岡ソフトバンクホークス対千葉ロッテマリーンズ。
2021年の開幕戦のチケットだ。
今はマスクで顔が半分見えなくなって、アクリルだかビニールだかのシートで見えづらくもなってしまった。
僕はアクリル板越しに見える目元だけで彼女を探さなければならない。
なんてことはない。
目元だけですぐに分かるほど、僕は彼女に恋をしていた。
僕には確信があった。
彼女の腕につけたブレスレットを見たときに、
きっと大丈夫だと。
「あの、すみません。PayPay、ドームに、行きませんか」
「…あ、はい、PayPayはどの店舗でもお使いになれますよ」
「あ、えーっと、はい、ありがとうございます」
アクリル板がとても分厚く思えた。
いや、彼女を悪いウイルスから守っていると考えたほうがいいのか。
自暴自棄になるな。僕はウイルスではない。
「いや、あのそうじゃなくて…、ブレスレット、それって」
「ああ、恥ずかしい。これ知ってますか?」
それは野球ボールとSh(Softbank Hawksの略)のロゴを組み合わせたスワロフスキークリスタルのブレスレットで、ホークスの公式グッズだ。
「ホークスファンですか?」
「タカガールです(笑」
「開幕戦のチケット持ってるんです!よかったら一緒にPayPayドームに行ってくれませんか」
僕はひょっとしたら、マスクをしていたからここまで大胆なことができたのではないだろうか。
「えーっと」
「すみません、こんな顔しています!」
僕はマスクをずらして顔を見せた。
「怪しいものじゃありません、って怪しいですよね」
「ふふふ、はい(笑」
「すみません」
「でも、じゃあ、ありがとうございます。その日お仕事休みます!」
思いっきり投げた僕の球はアクリル板を突き抜けて、彼女のストライクゾーンに入った。
おしまい
※こちらの小説は2021年4月6日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア