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きし豆茶探訪記③ ~松田さんのきし豆茶~
きし豆茶は、カワラケツメイを加工したお茶を指す高知県での俗称である。私は高知県各地で出会ったきし豆茶農家に話を聞いて回っている。この連載では、きし豆茶と人がどのようにかかわっているかを記録して後世へ残すことを目的とする。
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松田さんのきし豆茶
現在、大月町では3軒ほどの生産者がきし豆茶を販売しており、自家消費のみできし豆茶を生産する家庭はさらに数件ある。松田さんは大月町で農業を営むかたわら、きし豆茶の栽培と販売をしている。
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この規模の畑が3枚ほどある
岡田:「このあたり(大月町)では昔からきし豆茶を育てる人がいたんですか?」
松田さん:「もともとこのへんではきし豆を作りよる人はおったけんど、どこぞで売ろうっちゅう人はおらんかったぜ。きし豆なんぞ買わんでも簡単にできるけん。わしがきし豆を売り始めたんもほんの最近のことよ。平成の30年あたりぜ。」
岡田:「なんでそのタイミングできし豆茶をつくりはじめたんですか?」
松田さん:「はじめは、ふれあいパーク(近所の道の駅)から頼まれてつくりはじめたのお。帳面があったはずやけんちょっと待ちよ…。あったあった、平成32年から帳面があらあ。たしか最初の種はマエカワ(種苗会社)から買うたにゃあ。この年は干した重さが150㎏やったけんどすぐに売れたわい。それからは毎年、種をとりもっち(とりながら)100~250㎏ばあつくりよる。わしのきし豆にはファンもおるけんね。ホテルやら県外のお客さんやらが毎年注文してくるわね。わしんく(私の家)のきし豆茶は3べん(3回)お茶がでるけん。香りもよおて、色もえいけんね(良いからね)。」
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もともと牛の餌にする草を切るために使っていたがきし豆茶の加工用に流用した
松田さんは、自分がつくる作物にとても自信を持っている。松田さんはきし豆茶栽培歴が長くないものの、イネやピーマン・ナスなど様々な作物を育ててきた長年の経験からきし豆茶もうまく育てられているのだろう。
きし豆茶栽培の苦労話
農作物の栽培で苦労することと言えば害虫対策がひとつ挙がるだろう。私は高知県内のいろんなところできし豆茶の栽培地を見ているが、あまりきし豆茶が虫の食害を受けているのを見たことがなかった。そこで私は、松田さんにきし豆茶栽培における害虫対策やその他の苦労を聞いてみた。
岡田:「僕の認識だときし豆茶にはあまり害虫がつかないと思っているのですが、実際きし豆茶を育てていて気になる害虫はいますか?」
松田さん:「確かに、ほかの作物にくらべたらきし豆には虫がつかん。きし豆には、しゃくせん(カメムシ)とバッタぐらいしか付かんけん、消毒はやらん、ちゅうか草をお茶にするけん薬はまかれん(まけない)。けんど(けれど)、しゃくせんやあぶらむしがざまに(たくさん)おる年があっち(あって)、そんな年はことうたわい(大変だった)。しゃくせんが豆や葉っぱの汁を吸うて茶色うなるけん、そんなやつは捨てないかんぜ。まあけんどそんなもんしれた量やけん。」
岡田:「きし豆茶の栽培で虫以外に困ることはありますか?」
松田さん:「干すときの天気よ。お茶を干しよるときに台風やなんかで大雨が降ったらどうもならん。腐ってしもうちいかん。今年も早いのんを干しよる時に長雨が降っち畑一枚分のきし豆がいかんなったでねえ。台風が来るまでにひととおり干すようにするけんど、お茶は生き物・天気は自然やけんどうしたっちいかんもんはいかんわね。」
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軽トラに積む前に荷台に束をたたきつけて虫を落とす
やはりきし豆茶には害虫が少ないようである。刈り取ったカワラケツメイの束を軽トラの荷台にたたきつけるとカメムシが落ちてくる。これで害虫対策は間に合っているようである。きし豆茶は、カワラケツメイの全草をお茶とするので農薬を使えないが、もともと害虫が少ないため、栽培において天気と雑草以外はあまり気にすることがないのである。
きし豆茶栽培は生業になるか?
高知県では、松田さんのようにきし豆茶をまとまった量で出荷する農家はまだ多くある。一方で、きし豆茶のみから得られる収入はそれだけで生活できるほどではない。多くのきし豆茶栽培者はリタイア後の年金生活者である。そのためきし豆茶栽培のモチベーションは、お金を稼ぐことではなく、自分がつくったきし豆茶を売って、近所や購入者から「~さんくのきし豆茶はうまいぞね」と言ってもらうことである。
松田さん:「若いもんがきし豆を売って食うていくんは難しかろう。わしも若いころやったらきし豆なんか売らんぜ。もうひととおり稼いで仕事を息子に譲ったけん、こないしてきし豆を育てよる。松田さんくのきし豆茶はうまいねえと言うてもらうけんつくりよるけんど、もうあと何年できるかわかんぜ。冗談やなしに来年いかんなるかもわからんぜ(笑)。」
この先何十年と高知県のきし豆茶栽培は続くのだろうか。今は懐かしいお茶という位置づけできし豆茶を買うお客さんがいるが、これからリタイアしていく世代がきし豆茶を懐かしむだろうか。どうも私はきし豆茶の未来を思うと不安になってしまう。