【感想】絵画で旅するなつかしき日本の原風景/川瀬巴水 旅と郷愁の風景展:前編
昭和の広重とも称され、かのスティーブ・ジョブズも作品を収集していた、新版画の名手のひとり・川瀬巴水。私がずーーーーーっと見たいと思っていた画家の一人です。
大阪歴史博物館にて、大阪では10年ぶりの大規模展覧会「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」展が開催されています。(2024年12月2日(月)まで)
本展の概要は、
ということで、彼の画家人生に沿う形で美しい風景画の世界にどっぷり浸れるという展覧会になっています。ほとんどが彼の作品で、ボリュームたっぷりなので見ごたえ抜群でした。
ではいつものごとく、展覧会の構成に沿って感想を記していきたいと思います。
※パブリックドメイン以外の作品は、リンクを埋め込んでいます。「図録」とあるのは、公式図録を指します。
第1章 版画家・巴水、ふるさと東京と旅みやげ(関東大震災前)
川瀬巴水の版画家としての始まりは、新版画提唱者である渡邊版画店店主の渡邊庄三郎に版画の下絵を依頼されたことでした。巴水が描いたのは、巴水ゆかりの地でもある栃木県北部にある塩原の風景。「塩原三部作」と呼ばれ、ジョブズもコレクションしていたそうです。
まずは『塩原おかね路』から。
影が落ちて薄暗がりの山道の先にある、夕日に赤く染まる山は、「差し色」のように際立つアクセントになっていました。
続いて、『塩原畑下り』。
雨煙が立っているのだろうかと想像が膨らむ、昔懐かしの日本の原風景に思えます。
ラストは『塩原しほがま』です。
今でも塩原の方には、このような景色が残っているような気がします。(ドライブした時に見たことがある気がする!)
さて、これもまた初期の作品である『曇り日の矢口』。
版木の木目が良い味を出していると同時に、ベタ塗りにせず細かい陰影がついているので、画面に奥行きがあるように思います。
これら初期の作品は、後のものに比べると線が荒々しく感じました。まさしく‘はじまり’ですね。
「塩原三部作」が好評だったため、渡邊庄三郎は巴水に風景画を託すようになります。1918(大正7)年のことでした。
その翌年に巴水は、自身の生まれ育った東京の景色「東京十二題」シリーズと、「旅みやげ」と題した日本各地の風景画を発表していきます。
まずご紹介する「東京十二題」の『新川の夜』は、私だけでなく、私の前後のお客さんも「あっ」と声を漏らしていた作品です。
ざらざらとした色の塗られ方をしている川岸の倉庫と、その並びから漏れる光には、なにか物語を感じさせられます。
ですが、みんなの「あっ」の声がさしていたのは夜空です。実は、夜空の星が☆の形をしていて、なんともかわいらしいのです。
次に、「旅みやげ第一集」から『陸奥三嶌川』。
グレーの濃淡の中に、様々なブルーが溶け込んでいます。水面のグラデーションが何とも美しいです。空に浮かぶ月の色が目を引きます。
‘巴水ブルー’と呼ばれるブルーが冴える一枚ですね。
同じく「旅みやげ第一集」 から『金沢ながれのくるわ』。これもまた情趣の異なる月夜の画です。
金沢の花街の一つ主計町の茶屋の並びを描いています。手前の浅野川の川面に映る明かりのゆらぎはリアルです。
私は巴水の水面の表現が好きだなと思いました。刻一刻と変化する川の流れや波の様子を見事に切り取って、それを幻想的に描き出すところに惚れ込んでしまいました。
お次は、「日本風景選集」というシリーズから『雪の金閣寺』です。
金閣寺と言えば黄金に輝く姿を思い浮かべますが、この作品は違います。
しんしんと降り続ける雪に、普段なら光っている金閣寺のさえも飲み込まれてしまっています。金閣寺のキンキラキンなイメージとのギャップが面白く、印象に残った作品でした。
同じく「日本風景選集」より『岡山内山下』。雨の岡山城を描いた作品です。
濡れた路面に反射する建物および歩行者のゆらめく姿。なぜ写真とは違ってデフォルメを加えているはずなのに、こんなにもリアルなんだろう?
第2章 「旅情詩人」巴水、名声の確立とスランプ(関東大震災~戦中)
『岡山内山下』の版下が完成したころ、関東大震災が起こります。巴水は家財と共に、大半のスケッチをも失ってしまいました。
版元の渡邊庄三郎は、失意の中にあった巴水へ各地への旅行を勧めます。解説によると、震災前後で巴水の作品には違いが見られるといいます。
この変化は、渡邊庄三郎が自らの美意識よりも当時の購買層の好みを作品に採り入れた結果なのだとありました。
たしかに鮮やかな作品が多かったと感じました。では、そんな巴水の作品を見ていきましょう。
まずは「旅みやげ第三集」の『出雲松江』は、なんと3パターンもあるのです!
なぜ同じ構図で3パターンあるのかというと、巴水と版元の渡邊庄三郎との意見の相違から、結局3パターン作ってしまったということらしいです。
3つ並べて展示されていたのですが、甲乙つけがたい……。
巴水の名作のひとつ、『芝増上寺』もありました。
「彼の画業で最も売れたとされ、摺られた数は3000枚にものぼると伝わる」(図録、112頁)作品です。
雪の白と増上寺の赤色のコントラストが美しく、風に吹かれる雪の粒が良い味を出しています。
続いて、「東京十二景」のうち『新大橋』。図録の表紙にもなっていました。
冷たい夜の雨を思わせるにもかかわらず、なんだか幻想的。雨雲と夜の暗い色と、電燈の対比が見事だからなのか、暗がりの色に濃淡があったり、摺り方の違いで抜け感が出ているからなのか・・・?
見れば見る程、その魅力にはまっていきそうな作品です。
同じく「東京十二景」から、こちらも巴水の代表作として名高い『馬込の月』。
私の大好きな作品です。静かだけれどやさしい青が画面を包んでいるところ、煌々と輝く月の明かりの美しさが胸を震わせます。
雰囲気がガラッと変わって、「旅みやげ第三集」より『浜名湖』。
グラデーションカラーに染まるもくもくと浮かぶ雲が目を引くとともに、鮮やかな山並みと湖面の色に夏を感じます。(実際に図録によると夏の景色らしいです。)
巴水は夜や雨、雪を描く作品がわりと多い気がするのですが、明るい昼の景色だって味わい充分です。
またもや夜の絵にはなりますが、『京都清水寺』も印象深い作品のひとつ。
昼とはうって変わって観光客の姿がなく静かな清水の舞台。そこから街を見下ろす男性は、巴水自身かと推測されています。(図録、161頁)
シンと静まり返る清水寺でひとり街を眺めるなんて、まるで寂しい人のようなのに、寂しさよりもノスタルジーを感じました。なんなら巴水に自分を重ねて、ただただ街明かりをボーっと眺める気分にさえなります。心地よい孤独、かもしれません。
同じく関西の風景として、「日本風景集Ⅱ 関西編」より『大阪道頓堀の朝』。
明るくさわやかな青色と、画面左手の小舟を白くハイライトを当てている様子がこれから始まる新しい一日を予感させる一枚。
寝室に飾っておけば、毎朝気持ちよく目覚められそうだなと思いました。
これらが制作された後、巴水はスランプに陥っていた時期もあるそうなのですが、それは割愛しておきます。
*
長くなってしまったので、今回はここまで。
これまで見てきて巴水の版画でおもしろいと感じたのは、紙に凹凸をつける摺であることです。実物を見てみないと分からない点ではありますが、雲の縁あるいは岩肌や山肌のゴツゴツ感を、紙にも凹凸をつけることでより陰影をハッキリ浮かび上がらせる表現していました。
これはどうやら、巴水本人のこだわりもあったようですが、版元の渡邊庄三郎のこだわりでもあったようです。
生で見てみると、より陰影や立体感など摺の味わいを感じられるので、気になった方はぜひ!
次回は第3章の紹介・感想と、全体的な感想です。
第3章もステキな作品が盛りだくさんだったので、ぜひまた覗きに来てくださるとうれしいです♪
◆展覧会情報
会 期 令和6年(2024)10月5日(土)~12月2日(月)
※火曜日休館
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※入館は閉館の30分前まで
会 場 大阪歴史博物館 6階 特別展示室
HP 大阪歴史博物館:特別展:川瀬巴水 旅と郷愁の風景 (osakamushis.jp)
◆参考文献・サイト
・大田区ホームページ:第10回 川瀬巴水 学芸員コラム (city.ota.tokyo.jp)
・友員里枝子ほか編『川瀬巴水 旅と郷愁の風景』ステップ・イースト、2024年(公式図録)