魔除け -見えない敵を服でブロック!- /文化学園服飾博物館
感性のおもむくまま、自由に個性を表現する……こういった近代的なアーティスト像は、ときに、鑑賞にあたっての妨げとなりかねない。
西新宿・文化学園服飾博物館の「魔除け」展を拝見して改めて思ったのは、こんなことだった。
工芸のように、鑑賞性とは別の、特定の用途を満たすことがまず求められているものに関しては、装飾や造形のひとつひとつに、なにかしらの意味が込められているのが通常といえよう。
人間にとって、とりわけ身近といえる「服飾」を読み解くにあたって、キーワードとなるのが「魔除け」。本展では世界各地の民族衣装を取り上げ、共通する「魔除け」としての機能をみていく。
来場者をまず迎えるのは、キラキラと輝くドレスの一群。インドやエジプトなどの民族衣装だ。
光っているのは、鏡を割った欠片や銀貨、ビーズ。たくさん縫いつけたり、ぶら下げたりされている。「光る」ことで目に見えぬ外敵を威圧し、はねのけるのだ。
※鏡が縫いつけられたインド《ミラーワークのブラウス》(1970年代)
同様の効果が期待される手法として、硬いものがぶつかるようにして「音を出す」、珍しいところではクローブやニンニクなどを仕込んで「におわせる」ことが挙げられる。
服としての実用性を多少損ねる場合があるとしても、魔除けが優先されている。
裏を返せば、それほどまでに「魔」の存在を恐れたのである。単に「おしゃれとして」「かっこいいから」これらの装飾をつけていただけではなかった。田んぼのかかしや鳴子にも似た機能を、装飾は担っていたのだ。
そういった機能性を発揮するために、どこに装飾を施すかについても工夫がなされた。
まずは、「隙」をなくしておかねばなるまい。服の隙間から、魔は入り込んでくると考えられた。そのため、袖口や首もと、裾などの開口部に、魔除けの色や文様を集中的に施す例が、洋の東西を問わず各地にみられる。
また、自分の肉眼では直接見ることができない無防備な死角や、人体の急所に関しても、守りを固めておく必要があった。
背中に模様が入っているもの、頭頂部を守る帽子などがこれにあたる。
日本の着物では、背縫いを入れない場合に、背から魔が襲うことを危惧して「背守り」「糸印」をつける風習がみられる。
インドには「こめかみ守り」という、側頭部を守る装飾品がある。
さらに、中央アジアの遊牧民族たちがつけている金属の腕輪は、動物や虫による攻撃から手首を守る機能を持っているのだとか。日本では思いもよらない、切実な理由である。
これらのうち、ほとんどの衣服や装身具には、魔除けとしての機能をさらに堅固なものとすべく、魔を払う色や文様が密に施されている。
複雑な文様は、忍び寄ろうとした魔を惑わせる迷路と化す。
虎や龍といった獰猛で強い動物、「毒を持って毒を制す」の発想で蛇や虫のようなモチーフを採用し、魔除けとする例も多い。
中国の《虎をかたどった子供の靴》(20世紀)は、本展の出品資料のなかでもとりわけキャッチーなグッズであるが、これもやはり、わが子を魔から遠ざけたいという切実な生活感情にもとづく造形なのである。
この虎の靴にも使われている「赤」は、血液や火炎、太陽に通じ、古来より破邪のイメージを持つ色彩として、さまざまな地域で活用されてきた。
最後の展示室では、各国の赤い服に加えて、「祈り・願い」の現場で使われた服飾品を展示。後者には赤を取り入れたものも多く、その交わりようがたいへん興味深かった。
イスラム教徒の礼拝用の敷布、インドで神をまつる空間の入り口に掛けるアーチ状の大きな布飾り、日本のお守り袋などもこちら。聖なる造形は、魔を寄せつけぬものでなくてはならない。
展示の終盤、細緻な刺繍で可憐なデザインが表された、ワンピースのような服に惹かれた。キャプションをみると、ガザ地区の「ソブ」と呼ばれる伝統的な衣装とのこと。
それ以上の解説はなにも書いていなかったが、館からの無言のメッセージのようにも思われたのだった。
——この館のケース内は、壁際がすべて鏡となっており、裏側までよく観察できるよう配慮されている。服飾好き、とくにエスニックなテキスタイルがお好みの方にとっては、至れり尽くせりだろう。
いつもよくつくりこまれた企画になっているので、もっと知られてほしい美術館でもある。
本展も、まだまだ開催中である。ぜひ。