鹿島と香取:1 /茨城県立歴史館
関東屈指の古社として知られる常陸国一ノ宮・鹿島神宮(茨城県)、下総国一ノ宮・香取神宮(千葉県)の信仰と歴史をテーマとした展覧会。
ふたつの神宮はいまでこそ陸地に阻まれているが、中世以前は海で繋がっていた。現在の利根川流域と霞ヶ浦、北浦、さらには印旛沼、手賀沼を含む一帯は、かつて「香取海(かとりのうみ)」という大きな内海だった。鹿島と香取は、香取海を挟んで向かい合う位置にあったのだ。
香取海が広がっていた当時を髣髴とさせる祭礼が「御船祭(みふねまつり)」。
鹿島の神と香取の神が舟の上で邂逅する12年に1度の大祭で、大名行列よろしく大勢のお供が道中を付き従い、水上にあっては大船団をなす。
本展会場のホールでは、祭のようすを再現した手づくり模型が賑々しく展示されていた。
鹿島神宮の宝物館は、前回の御船祭を終えてから、リニューアルのため休館中。次回・2026年の御船祭に間に合うよう、準備を進めているのだろう。
工事の期間中、宝物は茨城県立歴史館に寄託されている。このこともあって、本展の単館開催が実現したようだ。
展示資料はふたつの神宮の宝物、茨城県立歴史館の収蔵品に加えて、近隣の自治体所蔵の考古資料などから構成。
利根川の流域には古代から人が居住し、やがて同じ地方豪族の勢力圏内ともなっていった。流域の各地からは、ほかの地域ではみられない興味深い遺物が出土している。
ふたつの神宮の淵源も、こういった背景のなかに求められる。
だからこそ本展の冒頭には、地域性を物語る古代の考古資料が必要だったのだ。
軽石を打ち欠いて成形された「くりやっほー」は、鹿島神宮から徒歩圏内のご出身。縄文の昔から、鹿島の地は祭祀上で特別な場所だったのだろう。
※画像では大きそうにみえるが、手のひらサイズ。
利根川をもう少し上流にさかのぼると、印旛沼がある。
その周辺、千葉県成田市の南羽鳥古墳群から出土したのが、他に類を見ない、日本で唯一の「ムササビ形埴輪」。
埴輪として造形化された動物たちは、家畜であったり、食用であったりするものだが、ムササビに関してはそのどちらでもない。
ただ、水鳥の埴輪は水辺の風景をジオラマ的に表現しようとしたものというから、ムササビは森林のイメージを喚起するものだったのかも……
同じ古墳からは「魚形埴輪」も出ていて、こちらも珍品オブ珍品。
水鳥と合わせて4点の動物埴輪が並び、そこだけが動物園となっていた。
利根川両岸の古墳の特徴的な遺物が「石枕(いしまくら)」。
真夏の蒸し暑い夜ならば、最初の10分くらいはいいかな……などと実用の妄想をしてしまいたくなるが、いうまでもなく、死者の頭を乗せるためにつくられたものである。
頭部の設置箇所は滑らかに整えられており、外周部に等間隔に穿たれた穴には「立花(りっか)」と呼ばれる石製の花飾りが挿されるなど、非常に丁寧なつくりとなっている。
石枕には造形的に魅力あるものばかりで、存在を知って以来、注目して追いかけている。今回は1点が出品。
石枕は、利根川近辺と房総の東京湾側(内房)に発掘例が集中している。なぜ、この地域ばかりで栄えたのか。謎は多く、興味をひかれる。(つづく)
※「御船祭」は鹿島神宮での呼称。香取神宮では「式年神幸祭」と呼ぶ。
※わたしのおすすめ石枕は、國學院大学所蔵の石枕。千葉県市原市出土。渋谷キャンパスにある博物館にもよく出ていて、見学しやすい。