うるしのうつわを買う話:1

 うつわ好きをもって任じながら、もっぱらやきものに熱を上げ、うるしのうつわに親しむことがしばらくなかった。いっとき使っていた丸盆は松材を一回拭いてある程度のもので、箸は長いことありあわせ、のち竹の素木。桃山頃の根来の椀蓋に乾きものを乗せていたこともあったが、さほど使わないままさよならしてしまった。
 肝心要の汁椀には実家から持参した安物を使い、あるときから李朝末期の白磁の碗に切り替えた。春先に白磁の碗を手放してから、冬場に必要に迫られて100円均一でプラスチックの椀を買ったことがあり、今に至る。
 うるしのうつわは手取りが軽く、表面はなめらか。使い込めば使い込むほど漆が痩せ、木目が透けて味がでてくる。汁物や鍋をよそえるようなうるしの椀で、いつかよいものに出合えればぜひ求めたい……そう思いながら、もう何年も経ってしまった。
 その間、うつわ屋で最近の作家ものを手に取ってみたこともあったものの、どうもピンとこない。合鹿椀など恰好が良いが、大きすぎる。結局、適当なものを見繕おうとするくらいならいっそないほうがましだという「手袋をさがす」の精神も手伝って、わが家には今の今までまともなうるしの椀が存在してこなかったのだ。
 そもそも、うるしの椀に対するわたしのなかのハードルはすこぶる高い。同じ大きさ・器種のやきものと比べてやや割高で、手入れが面倒。疵のつかぬよう気を張って使わねばならぬ印象もあった。骨董でいえば、下手(げて)のものであればぺりぺりと漆がはがれてくる怖さがあり、上手(じょうて)のものは小ぶりで使いづらい。そういった数々の欠点を補ってあまりあるほどの美しさ・使いやすさ(と手の届く価格)を兼ね備えた一椀は、どこかにないものか。
 もっとも、心当たりはなくはなかった。数年前、人に薦められて名古屋駅の東急ハンズで購入した滴生舎のうるしの小椀「こぶくら」がとてもよいのだ。
 ふくらすずめのごとく丸っこいこの小椀は、椀といってもただ椀形をしているばかりで、直径は8センチほど。本当に、雀と同程度の大きさである。薦めてくれた人はお子様用の飯椀にしていたと聞いた。小型犬や猫の餌を入れるのにもちょうどいいサイズ感だろう。わたしは酒を注いでぐい吞みにしたり、つまみの豆を入れるなどして使っている。触れるとするんとなめらか、持てば手になじむ。いいうつわだ。
 滴生舎は岩手・浄法寺塗の工房で、当然ながらふつうサイズの椀も製作している。「こぶくら」がこんなによいのだから、通常の寸法の椀もきっとよいもののはず――ただし、滴生舎は寡作の工房で、東京に常設の販売店はなく、ときおり行われる物産展などでしかお目にかかれない。名古屋の東急ハンズの店頭にも「こぶくら」しかなかった。
 やはり現地に足を運ぶしかないのかとなかばあきらめていたところ、先日ようやく滴生舎のうつわたちを手に取って確かめ、購入することのできる機会に恵まれたのだ。喜び勇んで会場のある渋谷へと向かった。(つづく


いいなと思ったら応援しよう!