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木島櫻谷のこと

 画壇の巨匠として一定の地位・評価を得ながら、没後は顕彰の機会に恵まれず、時間とともに埋もれていった……そんな画家のひとりが、木島櫻谷(このしまおうこく、1877~1938)だ。
 櫻谷は京都の日本画壇で一家を成したが、長らく忘れ去られていた。ほんの数年前までは。

 櫻谷の最も知られた作は、京都市京セラ美術館所蔵の六曲一双の屏風《寒月》。この構図感覚、そして動物の細密描写ぶりが櫻谷作品の醍醐味である。

 《寒月》の主役はキツネだが、櫻谷は「狸の櫻谷」とあだ名されたように、タヌキを好んで描いた。ほかにもライオンだとか鹿だとか、動物画にとくに魅力あふれるものが多い。毛並みの描き込みようはもちろん、櫻谷描く動物たちは、その表情に一段と生彩がある。本人が動物好きでなければ、こんな絵は描けまい。
 花鳥画もある。濃彩の金屏風などで、彩りあざやかで高潔、京の雅を感じさせて好もしい。若草色の大胆な使い方が、個人的なツボだ。
 もう一点、個人的なツボをつけくわえると、ばさばさとした渇筆の使い方がなかなかに味わい深い。これなどは、秋冬の枯木の風情を表すに効果的(ちょうどそんな季節だ)。

 この櫻谷、ちょっとした掛軸ならばヤフオクでも時折出るが、年々じわりと高騰している実感がある。
 もっとも、ヤフオクに出るレベルはいつも決まっていて、山間を河川が流れる侘しい秋冬の景色に、杣人やら釣り人やらがちょいと加えられるもの。人気があったのか、この種の絵は相当数描いたとおぼしい。こういうものでも、そこそこはする。動物が描かれた作例、しかもタヌキなど出ようものなら、手がつけられないだろう。

 櫻谷再評価の背景には、いわずもがな江戸絵画ブーム、その屋台骨となった伊藤若冲のブレイクがある。
 そこから、観衆が櫻谷を “発見” するまでには相応の時間を要したわけだが、その端緒は、2017年に泉屋博古館で催された生誕140年記念特別展「木島櫻谷―近代動物画の冒険」ではなかったか。

 泉屋博古館は住友男爵家の美術館。有力なパトロンに住友家がいたことが、後々になって効いてきた恰好だ。
 泉屋博古館では、この秋にも櫻谷展を開催中。会場では櫻谷の金屏風に取り囲まれる趣向がとられているとのこと。なんともうらやましいかぎりだ。

 そして、同じ京都は嵐山の渡月橋たもとにある福田美術館と嵯峨嵐山文華館では、新出作品52点(!)という度肝を抜くような規模の櫻谷展が今週から開会となる。兄弟館の2会場を使って前後期入れ替えという、超大規模。この館の企画力(と資金力)にはいつも驚かされる。

 この2つの展覧会の会期を並べてみると……

・泉屋博古館 2021年9月11日~ 10月24日
・福田美術館、嵯峨嵐山文華館 2021年10月23日~ 2022年1月10日

 そう。今週末の土日のみ、会期が重複しているのだ。
 泉屋博古館のある鹿ケ谷から嵐山までは、同じ通り沿いを西へほぼ一直線で着いてしまう(12キロほどある)。
 なんという、すばらしいチャンスだろうか……

 櫻谷に関しては、国立美術館の巡回展が組まれる日も遠くはないだろう。決定版といえる書籍もまだ出ていないけれど、いつどの版元から新刊情報が出てもおかしくはない。
 先取りしたい方は、今週末、上洛せられたし。

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