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鈴木其一・夏秋渓流図屏風:1 /根津美術館

 館蔵品の鈴木其一《夏秋渓流図屏風》(以下「《夏秋渓流図》」)の重要文化財指定を記念する本展は、「お披露目展」にとどまらない骨太な内容となっていた。

 序章「檜の小径を抜けて」では、《夏秋渓流図》の主要なモチーフである檜がどのように描き継がれてきたかを紹介。
 といっても、漠然と檜をモチーフとした作例を引っ張ってくるのではなく、其一の描写の直接の源流になったと考えられるものが選ばれ、順を追って取り上げられていた。
 画面の天地を貫く檜。樹皮のところどころに苔がむす。蝉がとまっているのが見える――近世前期の狩野派の描写が江戸琳派にも継承され、抱一から文晁に拡散していったさまが、類似する4点を並べることではっきりと見えてくる仕組みになっている。
 一本の檜を描いた4点の軸が並ぶ前を往くと、まさに「檜の小径を抜けて」展示会場へいよいよ入っていくのだという気持ちになる。章名のつけかたも心にくい。

 続く第1章「「夏秋渓流図屏風」誕生への道行き」がメイン会場のほとんどを占めており、「本編」といってよい内容。点数にすればわずか8点にとどまるが、うち6点が1双の屏風だ。

 其一の師・抱一の屏風が2点。

 《青楓朱楓図屏風》(個人蔵)は、抱一編『光琳百図』にも所載の図柄で、つまり光琳の描いたものの翻案・あるいは写しといえるもの。琳派の遠祖・光琳と師・抱一の像が重なる、冒頭を飾るにふさわしい作品。
 角のとれたまろみのある形の木の幹や水流、土坡。金地に映えてめざましい、楓の緑青と朱。しばし見とれてしまい、展示の主旨をつい、忘れかけた。
 ここで注目しておきたいのは、金地に濃彩、木の幹が画面の上下をほぼ貫いている、流水が画面の奥にある……といったところだろうか。

 《夏秋草図屏風》(重要文化財、東京国立博物館)。
 《青楓朱楓図》と比べると、さまざまな面で対照的な存在である。金地と銀地。華やかな夢幻の世界と、ひえびえと澄みきった空気。光琳の色濃い面影と、到達した抱一なりの境地。
 すでに指摘されてきたことだが、この屏風のなかでは、ほんとうに風が吹いている。野の草は、なぎ倒されんばかりに逆方向にしなっている。それでもこの草、ポキンといってしまいそうな気配がない。かならず反発して戻るであろう、野生の強靭さまでも想像できるのだ。
 鉄砲百合や尾花といった、本来ならば主役に据えられる花卉が雑草に阻まれ、添え物のように後ろに隠れている。月並みを排し、一筋縄ではいかせないところに、抱一の非凡と洒脱がある。
 地に敷き詰められた銀箔に惑わされてか、抜き身の刀のような、ギラっとした鋭利さを感じさせる屏風である。抱一は居合いの達人のように、刹那のあいだにすぱっと夏/秋の夜を切りとって、銀地の上に描いてみせた。
 右隻に夏、左隻に秋を描く構成は、其一が《夏秋渓流図》を描く際にひとつの模範とした可能性があるという。なるほどである。(つづく


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