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小川晴暘と飛鳥園 一〇〇年の旅 /半蔵門ミュージアム
奈良国立博物館の斜向かいにある、仏像の撮影に特化した写真館「飛鳥園」。
教科書や観光ガイドに載る奈良の仏像の写真は、たいていがこの飛鳥園の手になるといって過言ではなく、クレジットを目にする機会は非常に多い。寺院・マスコミの双方から厚い信頼を寄せられてきた老舗である。
會津八一のすすめにより飛鳥園を創業した小川晴暘(せいよう 1894~1960)のモノクロ写真を中心に、その跡を継いだ三男・光三(1928~2016)、現在のメインカメラマンである若松保広さん(1956~)まで、飛鳥園の作品を回顧していく展覧会である。
仏像の撮影がおこなわれる背景としては、文化財保護や調査・記録といった側面がまず考えられる。
この場合、全体や部分をくまなく均等に、明瞭にフィルムに収めていく必要があり、晴暘もそういったニーズに対応した面はあったわけだが、そればかりとはかぎらない「表現」への強い志向が、晴暘の写真にはしばしば見受けられる。若き日に画家を志していた晴暘は、絵筆をカメラに持ち替え、みずからの表現を追求したのだ。
下の《東大寺法華堂 伝月光菩薩像》《新薬師寺金堂 十二神将・伐折羅大将像》は、撮影する角度、光の当て方、ピントの合わせ具合のどれをとっても、晴暘の創意が感じられる。像にこめられた内面性・精神性を照射するかのようだ。
この2点がまさにそうであるように、黒バックを基調として自然な陰影をつけていく傾向はその後も受け継がれ、飛鳥園伝統のスタイルとなっていった。
晴暘の作品でユニークと思われたのは、顔を拡大したカット。正面から、おでこのあたりを中心に据えて撮影したものが、いくつもみられたのだ。
両目に照準を定めたカットであれば見馴れているけれど、おでこを真ん中に据えた、伏し目がちともいえるこの撮り方は、かえって新鮮。よく知っているお像でも、一瞬そうだとわからないこともあった。
仏像は通常、下から仰ぎ見るものであるし、撮影時もそれと大きく変わらない高さ・角度とすることが多いために、意外性が感じられるのだろう。晴暘は、われわれが目にすることのできない高い位置にカメラを構え、苦心して撮影していたようだ。
和辻哲郎『古寺巡礼』の改訂版には晴暘撮影の仏像写真が挿入され、流布された。『古寺巡礼』を片手に大和路を巡る——そんな人びとのなかには、晴暘の撮影した仏像のイメージが、和辻の文章とともに刷り込まれていたのだ。彼らは飛鳥園に立ち寄って、仏像の写真を求めたのであった。
戦後に活躍した飛鳥園の2代め・小川光三は、カラーで撮影。晴暘以上の学究肌で、日常的に大和路を歩き、みほとけの姿を捉えてきた経験を、独自の理論と写真上の表現に昇華させた。
各巻で1件の仏像を取り上げ、ありとあらゆる角度からのカットを収めた『魅惑の仏像』(全28巻 毎日新聞社)など意欲的な取り組みや斬新な構図が注目されるいっぽう、父・晴暘の作品を明らかに意識したオマージュ的な作例も多く残している。
現在活躍中のカメラマン・若松保広さんの写真は最後に数点、控えめに出ているのみで、風景写真が多かった。
いずれも奈良の風景で、素樸でやわらかな空気のなかに、堆積されてきた時間の重みを感じさせるのであった。
これらの写真に付された作品解説には、近年の仏教美術研究や最新のトピックスが反映されており、仏像鑑賞へ導く手引きともなっていた。
たとえば、新薬師寺の香薬師が行方不明になった末、近年その右手のみが発見されたこと、室生寺の十一面観音が金堂から宝物殿へと移座されたことなども、文中にしっかりと盛り込まれていた。
本展は、写真に心魅かれた鑑賞者が、被写体のいる美しき大和路へと足を踏み入れんとするにあたっての、格好の道しるべとなってくれることだろう。
※わたしのすきな1枚、晴暘《中宮寺 菩薩半跏像》
これまで触れてきたように、本展出品作のかなりの割合が奈良で撮影されたものであるが、一部、海外で撮影された作品も含まれていた。
晴暘による、中国の雲岡石窟、韓国の仏国寺や石窟庵、インドネシアのボロブドゥール、カンボジアのアンコールワットなどで撮影された石仏の画像である。戦中、晴暘は海軍の特派員として大陸に派遣され、これらの写真を撮っている。光三もまた、戦後に大陸での撮影を敢行。
奈良の仏像とはひと味違ったスケール感やエキゾチックな香りを目の当たりにすると、「やばっ……海外行かなきゃ」といった謎の焦燥感に駆られるもの。仏教美術は、奥深い。
——本展に関しては、今春の奈良県立美術館での開催時、東京への巡回を知りながら、奈良で観てしまおうかと少し迷った。
それは、東京会場の半蔵門ミュージアムでは展示スペースが足りているように思えず、点数を間引いた縮小開催になるのではと危惧したからであった。
蓋を開けてみれば、半蔵門ミュージアムではいつもは使われていない展示室が開けられ、全点が余裕をもって展示されており、まったくの杞憂に終わった。
それどころか、運慶《大日如来坐像》やその像内納入品の原寸模型、その他常設の仏像・仏画までしっかり拝見できた。これで入場無料は、ありがたいかぎり。
11月24日まで。
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※飛鳥園に一時期勤務していた小説家・島村利正による『奈良飛鳥園』という作品があるらしい。読んでみたい。
※求龍堂の図録がたいへん美麗。