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最後の浮世絵師 月岡芳年展:4 /八王子市夢美術館
――月岡芳年の回、じつはまだ続いていたりする。
前回更新分で例に出した作品は、どれもが高密度・濃彩の仕事だった。ただでさえ単色でもどぎつさを感じるような色が、みっしりと、それでいて破綻なく構成されている点に、芳年の非凡さがよく表れているのでは……作品をもとに、そんな趣旨の話をさせてもらった。
かといって、芳年がこういった傾向の作ばかりを描いていたわけでもない。
なかでも最晩年のシリーズ《月百姿(つきひゃくし)》の、構図の妙味やなんともいえぬ余韻を感じさせる洗練された作振りは、まさに「到達点」と呼ぶにふさわしい充実ぶりをみせている。
《月百姿》は、「月」あるいは「夜」という共通項をもつ古今東西の逸話をテーマにした、100枚におよぶ揃い物。中国の神話や伝説、歴史に材をとった図が多いのも特徴的だ。
《玉兎 孫悟空》は、ご存じ孫悟空と月の兎を描いた親しみやすい一枚(なんだか、人気アニメの話をしているみたいだ)。
月輪を背負って、ひょいと身を翻す悟空と兎。円窓からこちら側へ飛び出してくるようにも見える。色紙や短冊の形に抜かれた題箋・落款を含めて、ほんとうに完成された構図だなあとほれぼれしてしまう。
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《稲葉山の月》は『太閤記』に取材したもの。
信長の美濃攻めで、木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)はわずかな手勢を率いて城の裏手から奇襲をかけ、難攻不落の稲葉山城を陥落させた。現在の岐阜城であるが、東海道新幹線から見える濃尾平野の孤峰・金華山(稲葉山)ははるかに高く急峻で、あの斜面を登ったのか……と、岐阜を通りがかるたびに感慨深く思うものだ。
あの山を越えようとすれば、本図の兵のように、まさしく「よじ登る」といった恰好におのずとなってしまうだろう。彼は、敵に見つからないように闇にまぎれ、月明りをわずかな頼りにして進んでいくほかない。無謀な作戦に挑む、兵の姿である。
この兵の「よじ登る」ポーズは不恰好で、見ようによってはちょっと滑稽だ。
そのはずなのに……ふしぎなもので、ここにあるのは決死の緊張感と、秋草のそよぐ穏やかな月夜との静的な好対照ばかりなのである。
画面ひとつですべてを語り尽くさず、余韻と予感をたっぷりと残す。
本図を観ていると、「物語る」という言葉の意味するところを、改めて考えさせられるような気がする。(つづく)