殿さまのスケッチブック /永青文庫
熊本藩主・細川家に伝わった博物図譜を紹介する、今年4月27日から6月23日まで開催されていた展覧会である。
主要な出品資料は、6代藩主・細川重賢(しげかた 1720~85)ゆかりの品。
重賢は「宝暦の改革」と呼ばれる藩政改革を主導した名君であると同時に、動植物や昆虫、魚類などに興味をもち、その生態を細かく記録、深く知ろうとした学究肌な一面があった。
重賢が描かせ、手元に置いた図譜の類を、本展では「殿さまのスケッチブック」と換言。親しみのわく展覧会タイトルであり、リーフレットもポップでしゃれたデザインとなっている。
現代のわたしたちが、庭先や道端、公園であったり、動物園、植物園、はたまた花屋、八百屋、魚屋、スーパーなどでみることのできるモチーフが、図譜にはあふれている。
令和の世とまったく同じものを、江戸の人びともまた目にしていたことや、写真と見紛うかのごとく細密に、いきいきと描ききっていることに感嘆した。
驚きの方向性こそ異なるが、重賢がこれらの記録を命じたきっかけもまた、生きものに接して覚えた純粋な驚きにほかならなかったのだろう。
魚のウロコがギラギラ反射するように工夫したり、トウガラシばかり50種類も集めてみたり……驚きに端を発するマニアックなまでのこだわり、特有のエネルギッシュさがよく表れていて、観ているこちらも楽しくなってきた。
イラストのかたわらには、採集した年月日や場所、状況などが細かく記されており、それらの文字を読み解く楽しさも。
参勤交代の旅路では、気になった植物を採取。足の怪我で、湯治のため滞在していた熱海では、魚をスケッチ。
「吸いのうちより出る」……すなわち、お吸い物の具の貝から出てきたとのメモ書きがついた、真珠の標本なんてのもあった。
こういった「博物趣味」をもつ大名は、同じ頃、他の藩にもみられた。
彼らは必ずしも個別に活動していたわけではなく、横のつながり、同好の士の連携といったものがあったらしい。その証左が展示の随所に見受けられ、興味深かった。
《聚芳図》には、高松藩主・松平頼恭の図譜に共通する図様がみられるという。重賢の姉は頼恭の妻で、姻戚関係にあたる。図譜の貸し借りや模写があったようだ。
他にも、秋田蘭画で知られる佐竹曙山の図譜と同じ図様であったり、阿部家や伊達家といった名前が記載されている箇所がみられるなどした。
いずれ名だたる大藩の主たちであるが、重賢と彼らが顔を突き合わせて、同じ図譜を眺めながらあれこれ議論しているさまを思い浮かべるだけで……なんというか、ほっこりしてしまうのだった。
こういった図譜や標本の類のほか、最後におまけとして「自然をデザインした工芸」という1章も。めずらしい意匠をもつ染織や漆工の作品が並んだ。
——本展はすでに閉幕してしまったけれど、東京国立博物館の本館15室では関連する内容の「江戸時代の図譜文化―堀田正敦編『禽譜』とその魅力」が現在開催中。
堀田正敦は近江堅田藩主、のち下野佐野藩主で、細川重賢よりもやや下の世代。生存年は30年弱かぶっている。
正敦が編んだ『禽譜』は、江戸の鳥類図譜としては最も大部、最大の情報量を誇る。その実物が拝見できる貴重な機会。
10月6日まで。