【ショートショート】夢を作る工場
私はずっと「ドリームファクトリー」に行くことを夢見ていた。この場所は政府公認の秘密施設で、選ばれた少数の者だけが訪れることが許される。噂によれば、そこで作られる夢は、ただの幻想ではなく、人々の精神を安定させるための「制御された幻想」だという。
ある日、ようやく訪問許可が下りた私は、期待と不安を胸にその施設に足を踏み入れた。工場は厳重な警備に囲まれ、冷たい金属製の壁が無数に続いていた。案内人の男が私を迎え、無機質な廊下を案内してくれる。工場の奥に入ると、目の前には巨大な機械がいくつも並び、コンベアベルトには液体の入ったガラス製のカプセルが流れていた。
「ここが夢を作る場所です」と案内人が言った。
その声には抑揚がなく、まるで人間らしい感情が欠けているようだった。私はガラスのカプセルに目を向けた。その中には様々な色の液体が入っており、どれも不思議に輝いていた。案内人は私にカプセルの一つを指さして説明を始めた。
「ここでは、人々に供給する夢を人工的に作り出しています。夢は単なる心の遊びではなく、人々の精神を安定させるための重要な資源です。現代のストレス社会において、自然な夢を見ることができる者はほとんどいません。そのため、我々がこの『夢の原液』を使って、個々の人々に最適化された夢を提供するのです。」
「夢の原液?」私は耳を疑った。
案内人は頷いた。「そうです。これらは個々の感情、記憶、そして潜在意識を元に作られたものです。私たちは、特別な被験者たちからこれを抽出し、それを元に加工して各人の夢を生成しています。」
私は嫌な感じがした。「被験者」という言葉がどこか引っかかったのだ。案内人に続いてさらに奥の部屋へ進むと、そこには「被験者」と書かれたプレートが掲げられたガラス張りの部屋があった。中には人々が並べられたカプセルの中で眠っていた。
彼らはまるで人形のように無表情で、カプセルに入れられたまま、何かのコードが頭に取り付けられている。案内人は淡々と説明した。
「彼らは、夢の原液を抽出するために自ら志願した者たちです。彼らは社会のために役立つことを望み、ここで眠り続けることを選びました。そして、彼らの夢の素材が、他の多くの人々のための夢を作り出しているのです。」
私はゾッとした。志願してここにいるという話を信じられなかった。この人々は、自らの感情や記憶を奪われ、ただ眠り続けるためにここに囚われているのではないか。彼らの夢は一体どんなものなのだろうか。自分自身の意識を閉じ込められ、他人のために永遠に利用されることが「彼らの望み」だというのだろうか。
「夢の管理は非常に重要です」と案内人は続けた。「我々は、人々が望む夢、安定した心を保つための夢を提供します。夢をコントロールすることで、社会全体の秩序を維持するのです。」
案内人の言葉は、無機質で冷たかった。この施設の中で、夢は単なる希望の象徴ではなく、管理と統制のための道具となっていた。私は目の前に広がる光景に息を呑んだ。夢を見る自由すら、ここでは「制御」され、提供される「商品」に過ぎない。
案内人はさらに奥へと私を連れて行った。そこには巨大なモニターが並んでおり、無数の人々が同じような夢を見ている様子が映し出されていた。夢は色とりどりの映像として表示されていたが、どこか同じパターン、同じ構成が繰り返されていることに気づいた。まるで、人々が全て同じ「幸せな幻想」を見せられ、同じ価値観を押し付けられているかのようだった。
「これが…人々の幸福の形なんですか?」
案内人は淡々と答えた。「はい。我々が作り出す夢は、社会の調和を守るために最適化されています。個々の自由な夢は、時に混乱や不安を引き起こす可能性がある。しかし、我々が作り出す夢は、全ての人々が穏やかな心で日々を過ごすために設計されています。」
私はその場で立ち尽くした。この工場は、夢という言葉の持つ可能性と希望を覆すものだった。ここでは、人々の夢は管理され、統制され、最適化される。自由な夢を見ることは許されない。全ては、社会の安定と秩序のために作り上げられた幻想だった。
工場を後にする際、私は背後を振り返った。そこには冷たく無感情な金属の壁が続き、無数のカプセルに囚われた人々が静かに眠り続けていた。彼らは自分の夢を奪われ、その夢が誰かの幻想のために使われている。それが「幸福」だというなら、私たちは一体何を見ているのだろうか。
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