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カラスの夢

私はカラスだ。生まれた時から何もない場所で、巣立ちの日までただ小さな群れの中で育った。まだ幼かった頃の記憶はおぼろげだが、餌を求め、空を飛ぶための力を得るために、必死であったことだけははっきりと覚えている。仲間と共に羽ばたいて生きていく、それが当たり前のことだと思っていた。

だがある日、私は仲間を失い、群れからも置き去りにされた。体が弱っていたせいで空を飛ぶことすら困難だった私は、群れの中で何の役にも立たなかったのだ。見捨てられ、私は一羽で大地を歩き続けた。空は遠く、羽を広げても虚しさだけが残る。

飛ぶ力を取り戻すために、私はあらゆるものをついばんで体力をつけようとした。だが、何もかもが不安定で、周りには危険ばかりが満ちていた。ときには他の鳥に追われ、傷を負い、羽を縮こませて震えた夜もあった。身を潜めて生きる日々の中、どうして他の仲間は群れを捨てなかったのかと、自分がここまで命をつなぐことに固執している理由がわからなくなった。

それでも、私がただひとつ理解できることがあった。それは「生き延びるためには、力をつけなければならない」ということだった。そうして私は、一羽で空を飛び、風に抗い、獲物をつかみ取れるほどの力を蓄えるまでに成長した。他の鳥が恐れる荒れた天候の中でさえ、私は平然と空を舞った。

時には、自分よりも小さな鳥を見つけると、その命を奪ってみたこともある。空を制するのはこの私だ、という感覚に囚われ、誰にも私を超えることはできないと思い始めていた。しかし、そうした行動にもすぐに興味を失い、いつしか私は小さな鳥たちを見逃すようになった。つまらぬことに時間をかける必要などなかったからだ。

やがて、空に私の存在を恐れ、私の後を追いかけるカラスたちが現れ始めた。私が空を翔けるたび、幾羽もの小さなカラスが私に続いて飛び交い、いつしか彼らは私を中心に集まるようになった。だが、その時の私は、共に飛ぶ者の存在に満足などしていなかった。ただ周りに群れを成す小さな者たちが、恐れと尊敬の目を向けていることに、むしろ軽い不快感を覚えていた。

私の目は空の果てを求めるようになり、さらに高く、さらに遠くへと向かっていった。空を翔けるうち、やがて私の関心はその先にいる「もっと大きな者」たちへと移っていった。獲物にするのはただのネズミや鳩ではなく、もっと大きく、力ある者。野ウサギやタカ、ついには人間の小さな子供さえ狙おうとしたこともあった。その命を奪うことで、何か大きな存在になれると信じていた。

しかし、その行為の末に残ったものは、どこまでも広がる虚しさと暗闇だった。空を翔けるたびに孤独が深まるような感覚に襲われ、周囲のカラスたちもいつしか私から離れていった。あれほど私を追いかけていた者たちも、私の命を奪う無意味さに気づいたのだろう。

ある日、いつものように高い空を見上げて飛んでいた私は、ふと巨大な影に気づいた。それは獰猛なワシだった。彼もまた私のように空を制する者であり、私の存在に気づくと、冷徹な目でこちらを見下ろしていた。今まで狙ってきた小さな者たちとは全く異なる、強大な力を感じた私は、初めて恐れを覚えた。

「命をかけてみろ」と、その目が私に語りかけているようだった。私はあの目から逃げるように飛び続けたが、結局、あの獰猛な目はどこまでも私を追い続けた。風を切って逃げようとするも、その鋭い爪が私の翼に届き、一瞬で地に叩き落とされた。

無力感に包まれながら、私は震えた翼を引きずり、冷たい大地を見つめた。空を支配するつもりでいた自分が、まるで初めて巣立ちを試みた幼い頃のように、身の縮む思いで地を這っていたのだ。

その瞬間、私は理解した。空を征するつもりで歩んできた自分の人生が、どれほど空虚なものであったかということを。

これが私の末路だと、冷たい風の中で悟った。どれほどの力を得たとしても、どこまでも空を翔けたとしても、孤独という名の暗闇から逃れることなどできなかったのだ。そして、自分が恐れていたものが、結局は自分の中にある「終わり」への恐怖に他ならなかったことも。

冷え込む夜が迫り、空にはもう二度と飛べぬことを悟りながら、私は静かに目を閉じた。すべての音が消え、ただ冷たい風だけが私を包んでいる。二度と開かぬ瞼の下で、空を求めて彷徨った夢の果てに、私はただの一羽のカラスに戻っていたのかもしれない。

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