イギリス版メルカリで自転車を買わせていただいた話。
今思い返せば、あの頃の僕はやる気に満ち溢れ、新しく始まるこのイギリスでの生活を謳歌するため必死にもがいていた。
だからこそ、意味の分からないこともあれこれ手を出して面白い経験や体験をぜひ思い出に持ち帰れたらなんてことを夢見ていた。
僕の行く大学院があるイギリスのバーミンガム。イギリス第2の都市で、人口は仙台市と同じくらいだ。イギリスなんてめちゃめちゃ先進国に思えるが、人口規模で見ると日本の半分くらいだから、2番目の都市でもこれくらいだ。そのため、街という観点で見るとロンドン以外はそこまで発展していなかったりする。
そして、僕が住むことになったセリーオークという大学周辺の町。みんなは徒歩でテクテク歩いて近所のスーパーや雑貨屋に足を運ぶ。そんなのんびりした町だった。
そんな町で、今後僕が快適に過ごし、いろいろなローカル情勢について知っていくためには、自転車が必要だと思った。だが、この記事でも書いている通りイギリスは自転車がべらぼうに高い。自転車屋さんを覗けば一番安い物でも何万円もする。とてもじゃないが膝と尻が擦り切れたズボンを履きこなす貧乏学生には手が届かなかった。友達とあちこち足を運び、時には小型船で自転車を売る世にも珍しい中古ショップにも訪れたが、めぼしい物はなかった。
そんな中、閃いたのがメルカリだった。日本のようなアプリ、イギリスにもあるに違いない。メルカリは巨額の赤字でイギリス市場から撤退したが、既存のアプリで見つけたのが「Gumtree」というやつだった。
アプリの中身は単純明快。ローカルな人たちで楽しくやり取りをして安く手に入れよう!というものだ。しかし、一応値段の提示はあるものの、メルカリのようにお金のやり取りに明確なルールなどはなく、ガラケーかよ。というくらい画質の荒い写真をもとに現地人と交渉してゲットする仕組みだ。
いくつか見ていると、いい感じのブルーの自転車を見つけた。写真を見た感じ、あんまり綺麗には見えなかったが、DAWESというバーミンガムの自転車メーカーで、ここで暮らすにはうってつけだと感じ、説明文を見てみた。
「It's beautiful and perfect」
嘘くさすぎた。
しかし、早く自転車が欲しいという気持ちと怖いもの見たさと興味本位という3密が相まって、僕はちょちょいっとメッセージを送ってしまった。提示されていた価格は70£。およそ1万円くらい。それで自転車が手に入るなら安いもんだし、最悪笑い話にでもなればいいかと思った。
僕「この自転車ってまだ売ってますのか?」
相手「Yes, bro」
僕「ば、場所はどこですのん?」
相手「Here bro(住所)」
10㎞先だった。
ここで気づいたのだが、彼はすべての文言に「bro」という語尾を付けていた。この「bro」というのは、日本語では形容しがたい語尾だと思う。とにかく仲の良い男同士では頻繁に使うもので、男臭いチキン屋なんかに足を運べば、いたるところでぶろぉぶろぉと聞こえてくる。アニキ~みたいな感じだろうか。
とにかくファンキー気味なやつが使う傾向にあることは間違いない。
しかし、僕は無知であるにも関わらず、一丁前に感化されて、気が付けばこの「ぶろぉ」を使いまくっていた。するとある日、クラスの女の子にめちゃめちゃ爆笑されてしまった。なんと、だれかれ構わず適当に言っていたことが災いし、僕はあろうことか「ぶろぉ」を女の子相手にも使っていたのだ。しかも、発音が日本語チックだからか、僕の「ぶろぉ」は英語でブラジャーである「bra」に聞こえていたようだった。
僕は知らず知らずのうちにセクハラを振りまいていたのだ。「あなたのぶろぉはぶらぁにしか聞こえないわよ笑」と言われたときは恥ずかしくて死にそうだった。
妖怪語尾ぶらぁぶらぁ野郎。
もちろん今「bro」は使っていない。分不相応はやめた。
時を戻そう。僕は自転車を買うかどうか交渉している最中だった。メルカリみたいな怪しいところで買うか否か。確かに70£は破格だし、魅力的であることは間違いない。
ところが、ここで思ったのは、「もし買ったら取りに行かなダメやんな。」ということだった。提示された住所までは電車もバスも走っていない。そしてこの感じだと持ってきてくれるかどうかの交渉もできそうにない。
僕はあきらめようかと考え込み、いくつか他のを見るために一時保留にした。もちろん簡単に行ける場所で、できれば徒歩圏内が良かったが、もちろんそこまで条件の良い物はない。また、大学に中古自転車を週1で売りに来てくれるそうなので、そちらに顔を出してみたが、そこにも良いものはなかった。
そうして1週間がたったころ、相手から再度「買うのか?bro」とメッセージがきた。僕はまだ迷っていたので、「まだ迷っているからちょっと待って下せえ」と送った。すると彼は「買ったほうが良いぜbro」と返してきた。どうしても手元の自転車を捌いて現金が欲しかったのだろうか、その後少し時間を置いても「買うんだろbro?」「どうした?買わねえのかbro?」と追撃がくるようになってしまい、僕はとうとう「ぶろぉ」の圧に負けて
「わ、分かりましたぶろぉ・・・」
と返してしまった。
すると彼は「おけ。3日後の2時な。」と時間を指定してきた。いやここはbro付けへんのかい。と思いながらも、僕は再び「は、はいぶろぉ・・」と言いなりになってしまった。
しかし、仮にも僕は、彼から性能や破損の有無が分からない自転車を10㎞先まで受け取りにいくカスタマーである。にも関わらず、謎の圧に屈して時間まで厳守しなければならなくなったのだった。いつの間にか僕は引き取らせていただく側みたいになっていたのだ。
そうだ。ここでは客と売り手という関係性など無に等しい。売ったった側と買ったった側という、魂と魂のぶつかり合いで取引が成立する世界。「いらっしゃいませぇ」などという言葉を期待している甘ちゃんはお呼びではない。
そうして、売り手の顔も分からない、商品の詳細も分からない、場所もよく分からない、そんなところまで僕はウーバーをぶっ飛ばし、向かう羽目になってしまった。
当日、12円も高いレートのATMで現金をおろし、15ポンドもかけて現地まで向かった僕は、怖い人だったらどうしようとか、詐欺だったらどうしようとか、事件に巻き込まれたらどうしようとか、でも自転車ゲットできたら未来永劫安泰やなあとか、ドキドキとワクワクが入り混じった気持ちでそわそわしながらウーバーに乗っていた。
そして、車は駆け抜け、僕は怪しげな住宅街に到着した。待っていたのはメッセージ通りのB-Boyだった。ダボダボのパーカーを着こなし、カラフルなデカスニーカーを履き、イカしたヘッドホンを首から下げていた。こんな太ジーパンでどうやってチャリ乗んねんと思ったが、彼の前には、確かにあの青い自転車が置かれていた。
彼は会うなり「Hey bro」と声をかけてきた。ぶろぉはメッセージ上だけではなかったのだ。もはや日常でぶろぉぶろぉを言いまくっているに違いない。しかし、筋骨隆々のラッパー風兄ちゃんが放つ「ぶろぉ」ほどカッコいい物はない。
そして、彼は漫画で見るような拳の突き合わせをしてきたあと、ラッパー同士がするような握手を求めてきた。ノーマルの握手ではない、あのカッコいいヤツだ。
僕はその一瞬でぶろぉと握手に虜になってしまった。「What's up men.」とあいさつを交わした後、彼は「こいつが今日からお前の相棒だ。」的なことを早口で言っていた。目の前にある自転車は、正直言ってお世辞にもそこまできれいではなかったが、このB-Boyが長年愛用してきたものならすでにヴィンテージと呼んでも差し支えない。それほどまでに彼の放つオーラによる影響力は大きかった。僕はロクに自転車を確認もせず、「COOL!!!」と言った。
それに気を良くしたのか、彼は5ポンド割り引いてくれて、65ポンドでええぞと言ってくれた。もはや神だ。僕は感極まって「Thank you bro!」と彼の真似をした。
そしてあのかっこよすぎる握手を再度かわし、拳を突き合せたあと、颯爽と去っていく彼を見送ってから僕は自転車にまたがった。
タイヤぺっこぺこやん。
なにがぶろぉやねん。
帰りの10km死ぬほど苦労したことは言うまでもない。
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