予備試験論文問題を題材に憲法の解き方を考えてみる
こんにちは、抗弁です。
新たな試みではありますが、予備試験の過去問を使って、自分なりに憲法の答案の書き方を考えてみようと思います。
今回題材とするのは令和3年の論文問題となります。この年の問題は、とにかく重要論点を詰め込んた欲張りセット(笑)となっており、他の年度の問題と比べても群を抜いて“良問”です。
そこで、以下では、実況形式により、どのようにして答案を書くべきか自分なりに考察していきます。
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ここに問題を貼り付けておくので、適宜参照していただければ幸いです。
本問では、条例案の憲法適合性が表現の自由との関係で問題となっています。
具体的には、「広告物掲示の禁止」と「印刷物配布の禁止」に分かれているので、それぞれ別個に検討することとします。
広告物掲示の禁止について
ここでは、ひとまず「特別規制区域内で広告物を掲示しようとする者の広告物掲示の自由」を侵害し、憲法21条1項に反するとして、違憲とならないかという問題提起をしておきます。
・保障範囲
ここで、広告物のような営利的言論は、経済的自由として保障されるにとどまるのではないかが問題となります。
しかし、広告物のような営利的な表現活動であっても、国民一般が、消費者として、広告を通じてさまざまな情報を受け取ることの重要性を考慮すべきであり、表現の自由として保障される見解が通説となっています。
とはいえ、本問では他に重要な論点が多いので、ここはあっさりと「広告物の掲示は自己の思想等を外部に表明する手段であり、表現の自由として保障される。」として良いと思います。
・制約
規制によって、広告物掲示の自由が制約されていることは明白なので、ここも簡単に、「広告物掲示の自由が制約されている。」と指摘しておきます。
・形式的正当化
本問では、実質的正当化の段階に入る前に、形式的正当化について検討する必要があります。なぜなら、「特別規制区域の歴史的な環境を向上させるものと認められる」という許可基準が漠然としており、明確性の原則に反しないかが問題となるからです。
明確性の原則とは、主に刑罰法規、精神的自由規制立法が明確でなければならないとする原則のことをいいます。不明確な法令によって精神的自由を制約すると、本来合法な言論まで自己規制される萎縮効果が生じうること等から、刑罰法規のみならず精神的自由規制立法にもこの原則が妥当します。
明確性の原則に反するか否かは、徳島市公安条例事件で示された規範に従って検討すれば良いです。
つまり、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうか」という判断基準に沿って、検討していくことになります。
本問では、「特別規制区域の歴史的な環境を向上させる」か否かは、当該広告物が伝えようとするテーマ、形状や色などをふまえて総合的に判断されることになります。まあ、このような多角的な判断はきわめて難しく、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に適用を受けるかどうかを判断することはできないとするのが穏当でしょう。もっとも、説得的な論証がなされていれば、逆の結論でも問題ないと思います。少なくとも自分は判断できません笑
・実質的正当化
形式的正当化の検討が終われば、ようやくこの問題の本丸である実質的正当化の段階に入ることができます。
ここでは、いかなる審査基準を設定するかを、問題文の事情を拾いつつ、答案上でうまく展開していかなければなりません。
まず、審査基準を緩やかにする事情として、表現内容中立規制であることがパッと思いつくと思います。
表現内容中立規制とは、表現の伝達内容と直接関係しない理由に基づいて規制される場合をいい、表現の時、場所、方法についての法規制がこれにあたります。内容中立規制は、内容規制と異なり、特定の政治思想や社会思想を抑圧するために濫用される危険性が比較的小さいです。
本問でも、特別規制区域という場所に着目しているので、内容中立規制にあたるように思えます。これで、「内容中立規制だから、ある程度緩やかな審査基準を定立すればいいか〜♪」って鼻息を鳴らしていると、樹海行きが近いうちに確定することなります。
本問で肝となるのは、形式的には内容中立規制であるが、実質的には内容規制としての側面も有していることです。
そう、本問では、市長が許可を与えるか否かは「当該広告物が伝えようとしているテーマ、当該広告物の形状や色などを踏まえて総合的に判断される」のです。すなわち、どのようなテーマがふさわしいかということを市長が恣意的に決定できてしまうのです。
このように、表現内容規制と表現内容中立規制のいずれに該当するかは簡単には判断できないことが多く、個別具体的に検討することが重要です。
また、表現の自由は、自己実現や自己統治の価値を有するが故に、人権体系の中で優越的地位を占めると考えられています。このような理論は、表現規制立法の違法審査において、経済的自由に対する規制立法の場合よりも厳しい基準を必要とするという二重の基準論を根拠づけます。
そして、広告物は、多数の者の目に触れることで自己の意見を効率的に伝達できるから、言論活動を通じて自己の人格を発展させるという自己実現に資する程度が高いです。他方、営利目的のため、政治的ビラの場合等と比べ、言論活動によってみずから政治的意思決定に関与するという自己統治に資するとはいいがたいです。これを簡潔にまとめていきましょう。
広告物の掲示に市長の許可を要するという事前抑制的側面や、違反者にはただちに罰金が科せられるといった規制態様の強さは、厳格審査基準を導くことになります。
ここまで長ったらしく、違憲審査基準について検討してきましたが、とりあえず本問では、厳格審査基準を用いることとします。
・あてはめ
規制の目的は、特別規制区域の歴史的な環境を維持し、向上させていくことです。
ここで、表現の自由に対する制約を正当化するためには、保護法益に相応の重要性が求められます。
本問で、歴史的環境に対する評価は個人の主観により左右されるものである以上、目的がやむにやまれぬものとはいえないでしょう。
次に、手段については、広告物の掲示を禁止すれば、現時点での歴史的環境を維持することができるから、適合性が認められます。
しかし、歴史的環境を「維持」できる広告物は、目的に反するものではないにもかかわらず、本問では、「向上させる」という要件のもとでは、許可が得られません。そうだとすれば、目的達成との関係で要件が厳しすぎるといえます。
このような事情から、手段が必要不可欠かつ必要最小限とはいえないことになります。
以上より、規制は違憲となります。もちろん、合憲とすることも必ずしも誤りではないため、この点はご留意ください。
印刷物配布の禁止について
ここでも「特別規制区域内で印刷物を配布しようとする者の印刷物配布の自由」を侵害し、憲法21条1項に反するとして、違憲とならないかという問題提起をしておきます。
・保障範囲
「印刷物の配布は自己の思想等を外部に表明する手段であり、表現の自由として保障される。」とします。
・制約
規制によって、「印刷物配布の自由が制約されている。」とします。
・正当化
本問で重要となるのは、公道(路上)は本来だれもが印刷物を配布できる伝統的パブリックフォーラムにあたることです。
パブリックフォーラムとは、表現活動のために利用することが憲法上認められる公共の場所をいいます。問題とされている表現行為が行われる場所がパブリックフォーラムにあたる場合は、その場所での表現行為を保障する必要性が高まります。
そのため、路上での印刷物の配布は、原則として禁止が許されない重要な権利であるといえます。
次に、特別規制区域の路上という場所に着目している点で内容中立規制であり、それ以外の場所での印刷物の配布は可能です。これで、「内容中立規制だから、ある程度緩やかな審査基準を定立すればいいか〜♪」って鼻息を鳴らしていると、近いうちに天国からお迎えがくることになります。
そう、本問では、観光客の多いC地区の路上での配布に意味があるのです。それ以外の場所では、同様の伝達効果をあげることができません。
したがって、代替的情報伝達経路が確保されておらず、思想の自由市場の歪曲効果が大きいといえます。本問の肝はここにあるのです。
また、広告物の場合と同様、事前抑制的側面を有する点や、全面的禁止という点からも、規制態様が厳しいといえます。
そのため、本問でも厳格審査基準を用いることとします。
・あてはめ
まず、目的は上述のとおり、やむにやまれぬむものとまではいえないでしょう。
次に、手段については、印刷物配布の禁止によって、配布される印刷物の絶対量が減少し、歴史的環境を損なうおそれは減少します。しかし、店舗の関係者であっても、C地区の歴史・伝統とは無関係の印刷物を配布するおそれがないとは断定できません。そうすると、配布主体を基準に禁止するという方法には合理的根拠はなく、適合性が認められません。
また、店舗の関係者でなくてもC地区の歴史・伝統と関係のある印刷物を配布することもあるのであり、それらの者による配布を一律に禁止するまでの必要性はありません。
このような事情から、手段が必要不可欠かつ必要最小限とはいえないことになります。
以上より、規制は違憲となります。もちろん、合憲とすることも、必ずしも誤りではないため、この点はご留意ください(take2)。