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人と自然の移ろいを見つめて 新聞協会賞の連載「里へ」

朝夕の風にようやく秋の気配が感じられるようになってきました。行く夏を惜しむには、まだまだ日中は残暑厳しいですが。いかがお過ごしですか。ぶらっくまです。

手前みそですが先日、神戸新聞にとってうれしいニュースがありました。

本紙連載「里へ 人と自然のものがたり」新聞協会賞を受賞/人と野生生物の関係の変化、レンズ通じ追う

 日本新聞協会は9月4日、2024年度の新聞協会賞を発表し、神戸新聞社の連載企画「里へ 人と自然のものがたり」(里へ取材班 代表・編集局映像写真部 小林良多)など6件を選んだ。10月16日に秋田市で開かれる第77回新聞大会で授賞式がある。
 神戸新聞社の受賞は昨年度の「神戸連続児童殺傷事件の全記録廃棄スクープと一連の報道」に続き2年連続6度目。
 「里へ」は写真企画で、22年4月から24年3月まで掲載。人口減少や生活スタイルの変化、外来種問題などがもたらす人と自然界の関係の変化をテーマに、野生動物や人の営みをレンズを通して紹介した。ドローンやウエアラブルカメラなどの機器で生きものたちの姿に迫り、23年10月には民家の裏庭に現れたツキノワグマを自動撮影カメラで捉えることに成功した。
 同協会は「新たな機材を駆使した撮影手法が効果を発揮し、野生生物の姿を活写した。鮮やかな色彩と光の濃淡を生かす写真表現により、バリエーション豊かな紙面に仕上げた」と評価。「気候変動や外来種など生態系の課題にレンズを向け、変化する自然との関わり方を問いかける質の高い企画」と意義付けた。
 

2024年9月5日付 朝刊記事より抜粋

連載では、人口減少や生活スタイルの変化、外来種問題などがもたらす人と自然界の関係の変化をテーマに、野生動物や人の営みを見つめてきました。「神戸新聞NEXT」に連載ページを設けていますが(原則、会員用記事となります。無料会員制度もあります)、このnoteでも全24回の中からいくつかご紹介します。

■わが物顔で出没 人と知恵比べ/ニホンザル/兵庫県丹波篠山市(2022年4月9日掲載)

墓地でたむろするニホンザルの群れ。花立ての水をすすったり卒塔婆を倒したり、入れ代わり立ち代わり20匹前後が気ままに過ごしていた。数十匹の群れが谷筋の集落を横断することも=2021年12月14日、兵庫県丹波篠山市

 雨どいをつたって、屋根の上へサルが上っていく。車が通り過ぎたのを確認すると、周囲を見回しながら畑へ忍び足。失敬した黒豆を路上で満喫した後は、木の上で柿をむしゃむしゃむさぼる。丹波篠山市には約180匹のニホンザルが五つの群れに分かれて生息。食べ物を求めて、市東部や北部で、あちこちの集落に出没を繰り返す。

 同市では捕獲などで個体数の管理を進め、住民も電気柵で防御を固めて対策を図ってきた。その成果か、2020年度の農業被害額は約52万円と10年前の1割に減った。とはいえ、自家用菜園、雨どいを壊されるといった被害は統計には反映し切れていない。ここ数年、エンドウ豆の被害を受け続けている岡本節美さん(同市新荘)は「そろそろ収穫、と思った頃にやられてしまう。私の方がサルのおこぼれをもらっているみたい」と嘆息する。

 丹精した作物の被害は「金額以上に心情的な負担が大きい」と話すのは、地元で獣害対策に取り組むNPO法人「里地里山問題研究所」の鈴木克哉代表(46)。過疎・高齢化で集落が細る中、野生動物がさらに住民の活力をそぐ構図だ。

 そんな中、市東部の畑地区では今年から、サルを追い払うために地区内10集落が連携しようと話し合いを始めた。「被害ゼロは難しくても、集落全体でサルと戦う意識を持ち、作物を育てても無駄という諦めを打破したい」と岡本常博・同地区自治会長会会長(70)。好きな作物を自由に育てられる集落にしたい。そんな思いを胸に、人とサルの綱引きは続く。(中西幸大)

民家の周辺に姿を見せたニホンザルの群れ。送電線で軽やかな動きを見せたかと思うと庭で悠々と毛繕いする姿も。農業被害以外にも屋根瓦や、雨どいが損傷するなどの被害も住民を悩ませる=2022年2月15日、兵庫県丹波篠山市倉谷
秋はサルにとっても恵みの季節。畑の黒豆や庭先の柿が大好物のようだ=2021年11月24日、兵庫県丹波篠山市草ノ上
食べ物が少なくなった冬になると、集落の畑の大根も標的に=2022年2月15日、兵庫県丹波篠山市安田

■個体数管理群れ消滅に注意
【兵庫県森林動物研究センター森光由樹主任研究員(55)=霊長類学=の話】
 兵庫県では、但馬から淡路まで6地域に13群約千匹のニホンザルが生息しています。2群は餌付けされ、残る野生の11群は豊岡市、香美町、丹波篠山市、朝来市、神河町を中心に行動しています。
 群れの規模は平均40匹ほど。「ボスザル」という言葉がありますが、実際に統率しているのはメスです。県はメスに衛星利用測位システム(GPS)機器などを装着して所在地を把握し、被害対策に活用しています。学習能力が高く、いったん集落で餌を食べると徐々に大胆になり、住居の破壊や人の威嚇にまで発展します。
 全国には100群が生息する府県もあり、兵庫の生息数は決して多くありません。種の保全のため、群れの縮小や消滅に注意が必要なレベルです。集落ぐるみの追い払いや電気柵の設置を進めた上で、悪質な個体は捕獲するなど、被害とのバランスを見極めた個体数管理が求められています。

群れの中心となるメスに装着した発信器の電波を探る監視員。市では、住民に警戒してもらおうと、群れの位置をほぼ毎日配信している=2022年2月15日、兵庫県丹波篠山市倉谷

■熟れたブドウ 闇夜にごっそり/アライグマ/兵庫県加西市(2022年9月10日掲載)

収穫期を迎えたブドウの樹上を歩くアライグマの親子。毎晩のように現れ、熟れた房から食べていく=2022年7月23日、兵庫県加西市東剣坂町

 ブドウ畑が広がる加西市。収穫時期を迎えた夏、その親子は毎晩のように、どこからともなく現れる。するするっと2メートル近い木を登り、地面と水平に伸びる枝を伝って歩き始めた。樹上で行ったり来たりを繰り返し、鼻を利かせて熟した房を探しては器用な手先で袋を破り、実を食べていく。

 北米原産のアライグマ。兵庫県内では1998年に神戸市で確認された。まず神戸・阪神間で。さらに丹波、北播磨、東播磨、中播磨、但馬地域へと生息域を広げ続けている。

 夜行性で、雑食性。中でも甘い物が大好物。春はイチゴ、夏はスイートコーン。そして近年はブドウの一大生産地、北播磨で被害が増加傾向だ。

 「他の動物よりもたくさん食べるし、ここ数年は特にひどい」。加西市でブドウを栽培する内藤行基(ゆうき)さん(39)はそう話す。房にかけた袋が縦にきれいに裂けていて、中をのぞくと実がごっそり食べられている。一部が傷つけられただけでも「駄目。商品にならない」。

 古くからの常連向けに出荷しているような、高齢の小規模農家の中には、手だてが打てないまま一房も収穫できなくなり、栽培を諦める人も出てきている。「頼りにしてくれている人に『ごめんなさい』と謝る。次の年も取れんかもしらん。そうやって長年の関係が崩れていく。心が折れてまうんです」。やめていく人たちの思いを、ある農家が代弁する。

 担い手の減少とともに、ブドウ団地には雑草がうっそうと茂った放棄地が増えつつある。そこがアライグマにとっての獣道となる。

 アライグマの生息域の拡大と農業の担い手不足とが、負の連鎖を織りなしている。(鈴木雅之)

森と化した放棄地(左側)が点在するブドウ団地。就農者の減少で獣が身を潜められる場所が生まれ、被害をもたらす要因になっている=2022年8月29日、兵庫県加西市桑原田町
紙袋が破られ、実が食べられたブドウ。商品にならない=2022年8月29日、兵庫県加西市桑原田町

■侵入防止の電気柵、農家の負担大
 アライグマは1960年代、愛知県内で飼育個体が脱走したことを発端に野生化したとされる。70年代には人気アニメの影響でペットとして盛んに輸入された。しかし、気性が荒いため飼育が難しく、多くが野に放たれて一気にその数を増やした。
 兵庫県森林動物研究センター(丹波市)によると、タヌキやイタチといった同じような中型哺乳類の中でも、アライグマは特に餌の採取能力が高く、農作物被害が大きい。水辺を好み、水生生物も食べるため、ニホンアカガエルなどの希少生物の生存を脅かす存在にもなっている。
 外来生物法に基づいた捕獲が進むが、対策の両輪となるのは畑を「餌場」にさせないこと。電気柵の設置が主な方法になる。
 ただ、イノシシなどに対応しつつ、アライグマの侵入を防ぐ電気柵を張るには費用的な負担が大きく、人手も必要になる。有効な対策を打てる農家は多くないのが実情だ。
 県の統計では2021年度、アライグマによる農業被害金額はイノシシ、シカに次ぐ3番目の約4800万円に上る。

イノシシだけでなくアライグマの侵入も防ぐ電気柵。手間も費用も負担が大きく、高齢の小規模農家では手が出せないことが多い=2022年8月29日、加西市桑原田町

■カキ、クリ求め 集落急接近/ツキノワグマ/兵庫県但馬地域(2023年11月11日付掲載)

但馬地域の民家裏で自動撮影カメラが捉えたツキノワグマ。木に登り、カキを食べると静かに山に消えた=2023年10月7日午前5時37分

 めったに姿は見せない。だが、ツキノワグマは私たちのすぐそばで生きている。

 10月初め、兵庫県の但馬地域で、民家裏に置いた自動撮影カメラが捉えた一連の写真。人里との距離の近さを物語る。

 雨が上がり、秋らしさが増した夜だった。カキの木の根元に置いたカメラが反応した。体長130センチ近い成獣が闇の中から現れた。つやのある毛並み。腹は丸く肥えている。

 光と音に驚いたのか。最初こそ動きを止めたが、そのうち大胆に幹をよじ登った。午前5時過ぎ、実を食べ終わるとカメラの前を再び横切り、山に戻っていった。

 この民家を撮影地に絞り込んだのは6月だった。「毎年、家の裏のカキやクリを食べに来る」。案内された現場はまさに生活空間だった。母屋から10メートルほどしか離れていない。山に面し、シカよけネットが結界のように張られていた。

 数年前、住人の女性は木のそばでクマと鉢合わせたことがある。「目が合うと静かに逃げていった。あの日は寝ようとしても動悸(どうき)が治まらなくて」。集落でも、10年前には出没が珍しくない状態になっていた。人を恐れない「問題個体」の捕獲も経験している。

 7月のカメラ設置から撮影は空振りが続いていたが、秋が深まり、クマは集落との距離を一気に縮めた。「クリをむさぼる音が聞こえた」「畑の真ん中にふんが落ちていた」。いつになく緊張した女性の声を聞いて、押さえ込んでいた感情を垣間見た気がした。

 カキやクリを切るつもりはないか。尋ねると女性は首を横に振った。伐採する手間と処分代の負担が大きい上、周囲の山沿いにもカキが多く、対策の徹底が難しい。「うちが切れば代わりに集落の中に入るのでは」との心配も抱く。

 「共存せんとあかんもんねえ」。山と里の防波堤のような場所で、女性はクマと静かに対話しているように見えた。(小林良多、鈴木雅之)

例年ツキノワグマが出没するカキの木は民家と山の境界に立つ。住民が日常的に利用する生活空間だ=2023年10月8日

■行動範囲 4市町またぐことも
【横山真弓兵庫県森林動物研究センター研究部長(56)=野生動物管理学=の話】
 頭骨が張り、しっかり発達している。7、8歳以上の成熟した雄。見たところ、栄養状態は良好で体重80キロはあるだろう。
 クマは単独で生きる。雄は特に行動範囲が広く、若い個体は新天地を求めて動き回る。捕獲個体にGPS(衛星利用測位システム)発信器を付けて放す調査では、4市町にまたがる数百ヘクタールものエリアを移動する個体がいると分かってきた。兵庫県内では近年は但馬のほか、丹波、播磨地域にまで分布が広がっている。
 集落周辺の果樹などを一度食べるとすごくよく覚えている。特に冬ごもり前は栄養を蓄える必要があり、猛烈な食欲に突き動かされて人里に近づく。
 兵庫では一時、絶滅が危ぶまれ、1990年代から禁猟になった。その後、推定800頭まで回復。人里に依存する個体は捕獲し、個体数を管理する体制に移っている。今秋、兵庫では東北や北陸のような大量出没は起きておらず、取り組みの効果だと考えている。
 クマの増加率は年2割近く、人との距離が近い兵庫は軋轢(あつれき)が生じやすい。クマが増える時代に入っていることを知ってもらい、人里に引き寄せないよう防除する意識が大切だ。

調査用GPSを装着したツキノワグマが播磨地域に出没し、行動範囲が黄色い軌跡となって画面上(1センチは約300メートル)に示された。たった1頭が半年間にたどった経路だという=2023年10月25日、兵庫県丹波市青垣町、兵庫県森林動物研究センター