見出し画像

家裁調査官が行く❶

はじめに

今回紹介するのは、神戸新聞朝刊で2022年7月19日~8月1日、長期シリーズ「成人未満」の一部として掲載した全10回の連載「家裁調査官が行く」を、note用に再編集した記事の1回目です。
シリーズ「成人未満」は、成人年齢が18歳に引き下げられた22年4月に改正施行された「少年法」を再考する意図で企画されました。

そして22年10月、神戸新聞記者による同シリーズの取材過程で、1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の全記録が廃棄されていたことが判明しました。この事件は当時社会をしんかんさせ、刑罰の対象年齢を引き下げる少年法改正の契機ともなりました。
同事件の記録廃棄の報道後には、全国各地の家裁(家庭裁判所)でも重大な少年事件の記録が捨てられていたことが次々と発覚しました。後世にわたって事件を見直すのに欠かせない貴重な記録が永久に失われたことの反響は大きく、23年5月、最高裁が謝罪して再発防止策を示すに至りました。

廃棄された記録には、非公開で行われる少年審判の処分決定書、検察や警察による供述調書、精神鑑定書のほか、家裁調査官たちが時間をかけて作成した報告書も含まれます。
この連載に登場する少年少女らの事件は必ずしも、記録が特別保存(永久保存)の対象となる重大事件ではありませんが、記事が改めて家裁の仕事や社会的意義、少年法の在り方などについて考えるきっかけになれば幸いです。

向き合う―事件に潜む「その子らしさ」を探す

家裁調査官が非行少年との面接で使う部屋

 成人年齢が18歳に引き下げられた2022年4月1日、改正少年法も施行された。新たに18、19歳の特定少年は成人のような刑事手続きを受ける罪種を広げて厳罰化されたが、全ての少年事件が家庭裁判所に送られる仕組みは維持された。家裁で少年少女の成育歴や性格、家庭環境などを調べるのが「調査官」だ。扱う事案の大多数は、窃盗や傷害、道交法違反といった卑近な非行。彼らの仕事に焦点を当て、少年法が目指す「立ち直り」を考える。(那谷享平)
 
 家庭裁判所の面接室。「何でそこまでする必要があったの?」。30代の女性調査官のヤマザキが尋ねると、ソウタ(18)は弱々しく答えた。「僕もそう思います」。彼はけんかで相手にけがをさせて逮捕され、家裁にやって来た。過去に非行歴があった。
 初回の面接は1時間半に及んだ。反省し、落ち込んだ様子だったソウタは、「もう少年院ですよね」とうつむいた。何かを諦めたような、どこか投げやりな態度が気にかかった。
 ヤマザキは、警察が送ってきた捜査資料を再び読み返した。両親との関係、友人との付き合い…。ソウタの職歴もあった。学校に通いながら、早朝のアルバイトを何年も続けていた。両親によると、職場の大人に信頼され、現場を任されていた。
 「仕事を真面目に頑張っている。なかなかできることじゃない」。3回目の面接でかけた言葉に、ソウタは泣き崩れた。ヤマザキは「自分を見てくれる大人はいないと感じていたのかもしれない」と思った。
 家族から腫れ物のように扱われ、ソウタは焦りやむなしさ、孤独感を隠して生きていた。「似たような事件でも、どこかに『その子らしさ』がある。調査官はそれを探す仕事だ」。悪い面があれば、必ず良い面もある。ヤマザキはそれを必ず本人に伝えている。
                ■
 家裁調査官は、長ければ数カ月かけて非行の背景を調べる。その報告を基に、裁判官が審判で少年の処遇を決める。
 昭和の頃の不良や暴走族は姿を消し、少年非行は、平成から令和まで一貫して減少傾向にある。それでも20年、全国の家裁が受けた非行少年の数は5万1485人に上る。
 あるベテラン調査官は「非行に走る子どもは何かしら生きづらさを抱えている。それに敏感でありたい」と語る。大麻に手を出した少年は「僕には何もなかった」と家庭での虚無感を吐露した。恐喝容疑で逮捕された少年は過去に虐待を受け、「どうせ大人なんて」と吐き捨てるように言った。彼らの姿に社会のゆがみも見る。
 こうした言葉を頭ごなしに否定しない。「何が起き、どう感じていたのか」。時に共感し、一緒に事件や生い立ちを振り返る。反省し、生活態度を改める「更生」は、周囲の支えだけでなく、少年の自己理解の先にあるからだ。=文中仮名

SNS―本名も家も知らないけど、友達

家裁調査官は非行少年との面接で、SNSの使い方も指導する

 家裁調査官は月ごとに非行少年数人の調査を受け持つ。警察から送られた捜査記録とにらめっこをし、少年や少女と話していると、子どもたちを取り巻く環境の変化を肌で感じる。
 「一番の友達はSNS(交流サイト)で知り合った。本名や家は知らない」
 30代の女性調査官ヤマザキは面接で、そんな言葉を耳にする機会が増えた。自分も10代の頃からそれなりにデジタル端末に触れて育った世代だが、今の10代とのギャップに驚く。
 生まれた頃からスマートフォンやSNSに囲まれて育った今の子どもたち。交友関係に地理的な制約はない。日々、ツイッターなどで地元の地名の頭に「ハッシュタグ(検索目印)」を付け、気が合いそうなアカウントがあればメッセージを送る。そうして新たな友達づきあいが始まる。
 「昔に比べ、子どもの交友関係の全体像がつかみづらくなった」とヤマザキ。突然飛び地ができるように広がる少年や少女のコミュニティーは親も知らない。
 SNSは便利な一方、非行のきっかけにもなる。調査官たちの目には時に、子どもたちがSNSに踊らされているように映る。
                 ■
 2020年には、神戸市や三田市で、SNSをきっかけにほとんど面識のない少年たちの間で口論から暴行に発展する事件が相次いだ。どちらも軽率なメッセージや思い込みから一方の当事者が怒りを募らせ、けんかになった。
 同じような事案を担当した40代の男性調査官タブチは、捜査資料で少年同士のSNS上のやりとりを読み、戸惑った。極限まで刈り込まれたメッセージは単語の羅列に近く、感情表現はスタンプのみ。それが1分間に何往復も行き交う。
 「これで本当に意思疎通ができるのか?」。何でもないように見えるメッセージに激高してけんかをした少年たち。実際に話をすると、さらに疑わしくなる。
 タブチは日々、SNSの利点と危険性を学び、非行少年に伝える。ある日の面接で、少年をこう諭した。「午前4時に返信を要求するのは無理があるんちゃうかな?」。「言われてみたら、そうですね」と少年。まずは相手の立場を考えることから、一歩ずつ。
 新しい機器やSNSが台頭し、変化は目まぐるしい。ただ、経験を積んだ調査官たちには一つの実感がある。「リアルの生活が充実している子は、SNSの細かいやりとりなんかでトラブルを起こさない」。環境をつくる役目は、大人にこそ課されている。=文中仮名=(那谷享平)

家庭裁判所調査官とは

 少年事件で、当事者の少年を調査する国家公務員。裁判官が少年審判で適切な少年の処遇を決定できるように、心理学や教育学などの知識も生かして非行の背景を調べる。捜査機関の捜査とは異なり、調査は本人や保護者の面接や関係先への情報収集などで、審判も少年の更生を目的とする。離婚や親権争いなど家事事件の調査も担当する。