(創作)二一世紀最後の自由 第一話
ほら、眠るまえに天井へ目を凝らすと、白い輪郭の幽霊が見えるだろ。雲のようにお前を眺めている、奇妙な女だよ。いまだってお前の鼻先へ息を吹きかけてる。わかるか?いや、分からないか……。
どうやらあいつはお前に興味があるらしい。今日だって一日中背中にくっついて、一挙手一投足すべて観察してたからな。最近肩こりがひどいと言っていただろ、原因はこれだよ。ほかにも熱っぽくなったり、身につけてるものが失くなったり、おぼえはあるはずだ。そうだろ?おれの目に狂いはないはずだ。とにかく、お前はこうなった以上冷静でなければならない。無駄に騒ぐと、向こうも混乱して事態が余計にひどくなるかもしれないからな。これ以上悪くなると…まあ、この先は言わないようにしておこう。呼吸は絶対に荒げるなよ。幽霊っていうのは、人間の呼吸にすごく敏感だからな。あくまでも眠り続けているふりをして、覚醒を勘づかれるな。だが瞼を閉じず、開いたまま睡眠の演技をしろ。
降りてくる、降りてくる、降りてくる…。蜘蛛みたいに、あいつは降りてきたぞ。お前の魂を根こそぎ奪い去るつもりだ。しだいにあの女の顔が鮮明になっていくはずだ。まずは夜の闇で光る両目、次に薄く笑う白い歯、少し湿ってつややかに輝く黒髪、先端でとがる細い鼻、冷たく浮き上がる顔の輪郭。誰かに似ているだろう。お前の母に、お前の妻に、お前の娘に、お前のかつての恋人に、思い出すものすべてが幽霊と類似し、記憶は傾斜を進みながらひとつの穴へと滑り落ちていく。目を背けるな、これはお前が選んだ現在だ。夜はまだけっして明けようとはしない。悪意が地中から虫のように湧いてくるのはいつも夜だからな。なに、心配することは何もない。お前は何もかも分かっていたはずだから…。
細い指がお前の頬に触れたぞ。今晩はよく冷えるからな。風のように鋭い感覚がするだろう。首を伝い、鎖骨あたりをつまんで、軽くつねっている。まだ痛みはないはずだ。痛みを感じない場所を傷つけることが、やつら幽霊の常套手段だからな。だが、痛みは確実にお前に差し迫ってくる。そのとき、うめき声をあげてしまえばお前は終わりだ。平常心を保ち、神経を殺せ…。
夢に逃げるつもりか?たしかに夢の中なら女は追ってこれないが、永遠に逃げ続けられるわけじゃない。増加する苦痛にいつか目を覚ましてしまうし、それまでそう長くはもたないだろう。眠ることがなんの役に立つ?お前の魂は、すでに半分、あいつの手の中にあるんだ。残された部分を持って金庫の奥に隠れても、よく馴らされた飼犬のような嗅覚で、すぐに発見されるのがオチだ。まあいい、しばらくは極彩色の世界へ深く潜っているがいい…。だが、忘れるな。おれはお前が逃げ続けるかぎり、必ずどこかへ現れるから…。