(創作)海の蒼穹
ある夏の蒸し暑い夜。枕を汗で濡らしながら、ぼくは海水浴場の夢を見ている。子供の頃、両親によく連れて行ってもらったそこに、当時の姿のままのぼくがいた。
晴れない空の下、色とりどりの水着を着た人たちが気怠そうに佇んでいる。熱い息混じりのお喋りが交わされる中、ぼくは砂粒でジャリジャリするビーチサンダルで、薄い影を踏みつけながら、一目散に海へと駆けて行った。
パンパンに膨れた浮輪に掴まって、浜辺から海に溢れ出た人たちをどんどん追い越していく。お父さんから貰ったシュノーケルを付け、水中に頭を沈める。泳ぐときに蹴りつけられた砂塵が、水底を濁らせていた。もっと人のいない場所へ、もっと澄んだ水の方へ。ぼくは顔を水面下に入れたまま、足を暴れさせ、少しずつ前進していく。
首筋に、激しく痺れた感覚をおぼえる。顔を上げ、シュノーケルを外した。眼前に広がるのは、青空と海。雲は消え、太陽がその熱線を水面にまで届けていた。嫌な予感がして、ぼくは浜に戻ろうと、後ろを振り返る。しかし人影はまばらな点となって、細い波の向こうへと遠ざかってしまっていた。必死で足掻いても手遅れだった。
徐々に空と海の青さに取り囲まれていく。果てしなく続く波に揺さぶられる。水中で重くなった体をいくら動かしても、空回りするだけだった。足場は無い。ぼくは恐怖で窒息しそうになりながら、浮輪を強く握りしめる。シュノーケルが手から滑り落ちて、深い深い海の奥底へ沈んでいった。気持ちを落ち着かせようと、ぼくはただ遠くを見つめ続ける。
昼下がり、空と海との区別がつかなくなるほどの無限の青さの中。人の気配や海風も無い世界で、ぼくはなんとか水面に留まり続けている。微動だにしない時間が、この風景を押し拡げていく。
萎びた顔の汗を拭う。この夢は、まだ長く続きそうだった。