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《ファルスタッフ》ができるまで 最終回 満員御礼、ありがとうございました。

森岡めぐみ

 2024年12月21日(土)、神戸文化ホール開館50周年記念オペラ、ヴェルディ《ファルスタッフ》は大盛況のもとに幕をおろすことができました。チケットは完売し、満員御礼。こちらは出演者、関係者にお渡しした大入袋です。

お越しくださったお客様、このnoteを読んで応援してきてくださった皆様に深く感謝いたします。

 この企画、当note第2回で「誰も知らないオペラ」と書いたように知名度が低い作品《ファルスタッフ》での挑戦でした。なぜ多くのお客様をお迎えすることができたのでしょうか?わたしは、多数開催したプレ企画が成果をあげたのではないかと考えています。以下、どんな企画であったのかざっとご紹介しましょう。

 神戸市立中央区文化センターでは5月から7月にかけて3回の「オペラ鑑賞講座」を開催しました。オペラ本公演の演出助手でもある唐谷裕子さん(演出家)、出演者の端山梨奈さん(歌手、神戸市混声合唱団団員)、前川裕介さん(ピアニスト、神戸市混声合唱団団員)が講師となってオペラの魅力について様々な角度からレクチャーをしてくれました。熱意ある充実した講演でした。
 ついで、同じ会場を使って、作品鑑賞に役立つ専門的な解説講座も開きました。10月9日にはヴェルディに関する著作で知られる加藤浩子さんを講師に迎え、『「この世はすべて冗談さ」ヴェルディ最後のオペラにして究極の喜劇、《ファルスタッフ》を120%楽しむために』と題して、作曲家の生涯や鑑賞のコツを伝授していただきました。

「この世はすべて冗談さ」ヴェルディ最後のオペラにして究極の喜劇、《ファルスタッフ》を120%楽しむために(10月9日)

ヴェルディ作品にみられる「父と娘の葛藤」というテーマが最終作品の《ファルスタッフ》では和解に至り、昇華された、とのご指摘には「なるほど」と発見がありました。11月7日の解説講座「ヴェルディ作品の元になったシェイクスピア原作について」では、シェイクスピア研究者の桒山智成京都大学大学院教授を迎えて、原作戯曲『ウィンザーの陽気な女房たち』とオペラ《ファルスタッフ》を比較分析していただきました。原作戯曲からしてすでに祝祭性を兼ね備えていたという桒山先生の講義も、目からウロコでした。

「ヴェルディ作品の元になったシェイクスピア原作について」(11月7日)


 座学だけではありません。第4回のnoteでも取り上げたカヴァーキャストによるハイライト上演『ファルスタッフ~濃いキャラしかいない町~』も作品理解に役立ったとのお声をいただきました。なじみのなかった物語が、唐谷裕子さんの脚本と解説で、登場人物の人物像、音楽の魅力がくっきりとしました。
 ホールの中だけではありません。楽団と合唱団はオペラの上演を知ってもらうため、街にも飛び出してもいきました。10月21日には「ランチタイムコンサート 2024 Autumn」と題して、《ファルスタッフ》の主要キャストである老田裕子さん(ソプラノ)、西尾岳史さん(バリトン)が、ピアニストの前川裕介さんとともにお昼休み無料コンサートを開きました。神戸市立中央区文化センターホワイエを開放し、道行く人々に向けて熱唱。近隣のオフィスにお勤めと思しき方々が、華やかな歌声を耳にして足をとめてくださいました。

「ランチタイムコンサート 2024 Autumn」(10月21日)

11月16日には「神戸マラソンEXPO2024 ミニコンサート」として、神戸マラソンを前に神戸国際展示場で開かれるイベントに神戸市室内管弦楽団からの弦楽四重奏団が参加。4回の演奏を行い、来場者に音楽を楽しんでいただきました。翌11月17日には神戸市混声合唱団メンバーが、中央体育館で行われたバスケットボールの試合「神戸ストークス・愛媛オレンジバイキングス戦」のプレパフォーマンスに登場。アニメソングやオペラの歌を披露し、喝采を浴びました。
 本番日が近づいた12月19日のゲネプロ(直前の通しリハーサル)では、神戸市内の3校の中・高等学校の生徒、約70名が見学に訪れました。歌に耳を傾けたり、楽器に注目したり、それぞれに興味津々でした。本番前日の12月20日は「オペラ《ファルスタッフ》バックステージ探訪」と銘打った企画を実施。一般募集からの参加者約100名が本番用に組まれた装置を転換する模様を客席から見学したり、舞台上で間近で見学したり、演出家の岩田達宗さん、舞台美術家の松生紘子さんのトークを聞いて質問したり、と盛り上がりました。

オペラ《ファルスタッフ》バックステージ探訪(12月20日)

これら本番日ふくめ19日~21日の3日間の行事には、神戸大学をはじめとする連携大学の大学生たちがインターンシップとして参加し、観客誘導や荷物預かりなどの業務を体験しました。オペラの稽古期間中に参加して録画などの作業を体験する「稽古サポート」というコースも設け、大学院生たちが参加してくれました。思い返せば、なんて多種多様なプレ企画を実施したことでしょう。

 そして本番、黒田博さんのユーモアあふれる主役ファルスタッフの名唱を中心に、それぞれの出演者が持ち味溢れる歌唱を展開。合唱団もチームワーク豊かなアンサンブルもこなし、助演の小僧ロビンやハチ役の子役バレエダンサーたちも大好評でした。
 「神戸市混声合唱団が歌手陣の大半を占める。個々の技量の高さに驚くと同時に、アンサンブル・オペラにふさわしく息がぴったりと合う。対話から九重唱までシンメトリックに組み合わされた多声音楽の建築的構造を自然体で表現し、余裕すら感じさせた」(藤野一夫・日経新聞「関西テラス」2025年1月10日掲載)「歌手陣がよく健闘し、活き活きとしたアンサンブルを生み出した」(香原斗志・『モーストリークラシック』3月号)との音楽評をいただいています。最終幕で全員が演唱するフーガの盛り上がりは観客を巻き込み「満堂の観客の多くが、震災から30年の文化的復興に思いを馳せたことだろう」(同上)「「人はみな道化」と仲良く歌って大団円に。その明るさに神戸の底力を感じ、感激が込み上げた」(松本寿美子・神戸新聞1月12日掲載)と客席の想いもレポートされました。

 筆者もその渦のなかにいました。最後の大フーガにはいったところで、ファルスタッフの棲むガーター亭が舞台上に再登場しました。建物の垂直断面が廃墟のようにそびえたつガーター亭。その姿には既視感がありました。30年前、阪神・淡路大震災の直後に被災地を歩き回ったときに直面した光景です。真っ二つになって内部があらわになった無人の家。そんな光景が二重写しになるガーター亭に、このオペラではあらゆる人々がなだれ込み、こちら(客席)を振り返っている。心が揺さぶられました。花を手に手に全員が喜びあっている、若い恋人たちは新しい家の模型を掲げている。人生を肯定し、再生と未来への継承への強い意志が、確かに客席に共有されていました。このオペラを上演した意味をあらためて発見した瞬間でした。

ヴェルディ:オペラ《ファルスタッフ》(12月21日)©栗山主税

全5回にわたった「《ファルスタッフ》ができるまで」はこれで最終回です。今回の神戸のオペラ制作の舞台裏を知っていただき、いろいろな劇場に足を運んでみようと思っていただければ幸いです。ご愛読、ありがとうございました。(完)

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