《ファルスタッフ》ができるまで その2 誰も死なない（知らない）オペラ！？
森岡めぐみ
さて、神戸文化ホール開館50周年記念のオペラの計画がスタートし、音楽部門の顔ぶれの骨子（佐藤正浩マエストロ、神戸市混声合唱団、神戸市室内管弦楽団）は定まりました。次に検討しなければならないのは演劇部門の要・演出家です。オペラは音楽と演劇の協働による総合芸術、指揮者と演出家は息の合ったチームであることが、とても大切なのです。企画の最初から候補として浮かんでいた演出家は、岩田達宗さん。
佐藤正浩マエストロと岩田さんは、日本デビューが同じ（2000年 新国立劇場 小劇場オペラシリーズ『オルフェオとエウリディーチェ』）という友人同士なのです。岩田さんは、神戸文化ホールで毎年恒例となっている神戸市の小学生向けオペラ《泣いた赤おに》でも演出を担当し、佐藤マエストロ、神戸市混声合唱団、神戸市室内管弦楽団メンバーという今回の顔ぶれともおなじみです。
これは大きなアドバンテージです。
また、筆者自身も岩田達宗さんとは2004年上演のオペラ三木稔《春琴抄》の仕事で出会い、2008年と2010年のロッシーニ《ランスへの旅》で、まさに佐藤＆岩田の組み合わせでご一緒した経験があり、このコンビの結束力と気心を知っているというのも強みでした。
専門家たちの協働作業であるオペラの現場では、相互の信頼が大切です。そしてなにより、岩田達宗さんの真摯な作品理解と深い洞察力、解釈に基づく演出は他に代えがたい魅力でした。岩田さんが神戸生まれであることも、この周年行事をお任せする上での後押しとなりました。
とはいえ、“行列ができる演出家”の異名を持つ岩田さん、引き受けてくださるでしょうか？ご連絡をとり、思いの丈をお伝えしました。じっくりと聞いてくださったあと「やりましょう」と仰ってくださった岩田さん、どんなにほっとしたことでしょうか。チーム神戸の初挑戦に、光が見えてきました。
つぎに急がねばならないのは上演作品選定です。ときは2021年年末、佐藤マエストロ、岩田さんに神戸に来ていただき、制作マネージャーの小林智美ほか事務局スタッフでの集中議論を行いました。前提として、今回は合唱団の音楽監督の佐藤正浩が指揮をするということで、共演の神戸市室内管弦楽団の音楽監督・鈴木秀美マエストロのメインレパートリーである古典派作品のオペラ（モーツァルトなど）は除外して考えよう、というのが方針でした。
口々にあがってきた作品を一つずつ吟味していくと、ラストに主要出演者全員が死ぬ作品、ヒロインが殺害される作品…などなど、なんてオペラは人が死ぬ、殺す話が多いのでしょう。そうしないとドラマティックにならないからなのでしょうね。しかし今回はホールの開館50周年の、いわば長寿をことほぐ企画ですので、明るい作品がいい、そして合唱団メンバーの実力も聴いてもらいたいので「アンサンブル・オペラがいい」…と話が進むと、合唱団のメンバーリストをながめていた岩田さんが「《ファルスタッフ》はどうだろう」とつぶやきました。それを聞いた佐藤マエストロはちょっと考え、「それはいいアイデアだ、自分も振ってみたい、」と返します。
なるほど《ファルスタッフ》。う～ん、ヴェルディ作品のなかでもマイナーなオペラだから（お客様の入りは）大丈夫かしら‥と頭を巡らせつつ、上演しがいのある名作だ、だから作品の魅力をしっかり伝えていけば道が拓けるのでは、との意欲もめらめらわいてきます。最後は皆で《ファルスタッフ》でいこう、との結論に至りました。この作品、先日（2024年8月13日）の制作発表で、佐藤マエストロが「誰も知らないオペラ」と表現するほど知名度はいまいち…名作なのですけれど！ということで私たちのチャレンジは始まりました。（つづく）
公演情報
ヴェルディ：オペラ ファルスタッフ
全3幕〈イタリア語上演・日本語字幕付き〉
［作曲］ジュゼッペ・ヴェルディ
［台本］アッリーゴ・ボーイト
［原作］ウィリアム・シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち』『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』
2024年12月21日（土）14：00 開演（13：15開場）
神戸文化ホール 大ホール
［指揮］佐藤正浩 ［演出］岩田達宗
［合唱］神戸市混声合唱団 ［管弦楽］神戸市室内管弦楽団
キャスト
ファルスタッフ：黒田 博 フォード：西尾岳史
フェントン：小堀勇介 カイウス：谷口文敏
バルドルフォ：福西 仁 ピストーラ：松森 治
アリーチェ：老田裕子 クイックリー夫人：福原寿美枝
ナンネッタ：内藤里美 メグ：山田愛子
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