ペットにも、ホリスティックケア
■東洋医学と西洋医学、双方のメリットを生かす
小林:実は先生との出会いは、うちの病院に飼い主さんとして来てくださったのがきっかけなんですよね。
山内:そうなんですよね。うちで飼っている猫が膀胱の病気になったときに、もともと診てもらっていた友人の獣医師から紹介されて成城こばやし動物病院を受診したのがきっかけです。そのとき担当してくださったのが現院長の今津先生だったのですが、「実は私も獣医師で東洋医学をやっているんです」みたいなことを話したら、「ちょうどヘルニアで歩くのが難しくなっている犬がいるので、鍼灸をやってみてくれませんか」とお誘いいただき、東洋医学担当獣医師として採用していただくことになりました。
小林:うちの病院に通ってくださる飼い主さんは、健康や美容への意識が高くて、ご自身の健康管理に鍼灸や漢方薬といった東洋医学的なケアを取り入れている方も多いんですよね。そして、自分が受けているのと同じケアを、ペットにも受けさせてあげたいと思っていらっしゃる方も多い。だから、病院でペット用の東洋医学の治療を提供できれば、きっと喜んでいただけるに違いないと思って、山内先生に来ていただくことにしたんです。結果は大成功。予想通り、多くの飼い主さんに喜んでいただくことができました。
山内:西洋医学と東洋医学の両方を、同じ動物病院で受けられるメリットはとても大きいですよね。
おなかを壊した犬が来院したとしましょう。西洋医学は基本的におなかの症状にフォーカスして診察・治療します。まず1番可能性の高い治療法を試して、ダメだったら次を・・・という具合に順を追って治療を進めていきますよね。
一方、東洋医学は最初から全体を診るんです、おなかだけでなく。もしかしたら足腰の機能が落ちたのが原因で消化機能が落ちているのかもしれない、あるいは身体にこもった熱を出しているだけなのかもしれない・・・、という具合に、全身の症状を診ていきますので、西洋医学と比べて飼い主さまとお話する時間が圧倒的に長くなります。だから、同じ症状であっても、飼い主さまの不安を解消できる可能性も高いのです。でも、私としては、飼い主さまに症状を説明する上で、裏付けとなる西洋医学的なデータも欲しいのです。
たとえば、血液検査のデータをみながら東洋医学の話ができると、飼い主さまへの説得力もぐっと増しますよね。成城こばやし動物病院で治療する際に、何度も実感しました。
ですから、自分のクリニック「AKO HOLISTIC VET CARE」でも、かかりつけの動物病院で西洋医学に基づいた検査や処置を受けた上で、二次診療として受診していただくようにお願いしています。
■病気と闘わず、共生するHOLISTIC医療
小林:「AKO HOLISTIC VET CARE」にいらっしゃる飼い主さんには、どんな方が多いですか?
山内:「自分自身も健康で病気にならない体を維持したい。そしてペットにも同じようにしてあげたい」という気持ちをお持ちの飼い主さまが多いですね。
もちろん、来院の直接のきっかけはケガや病気の治療なのですが、症状が良くなってからも「この状態を長くキープしたい」ということで、引き続き来院される方が少なくありません。中にはもう10年以上、鍼灸と漢方薬による治療を続けている犬もいます。そもそも、HOLISTIC医療は、病気を治すというよりも、心身の状態を整えて自然治癒力を高めることを目的としているので、継続していただけるのが一番嬉しいですね。
小林:なるほど。今、注目を集めている「未病」という概念に共通するものがありますね。病気を完全に治そうとするのではなく、それ以上症状が悪くならないように気を付けながら、病気と共生していこうという考え方です。
山内:まさにそうですね。人間も動物も、100%健康と言うのはめったにないんです。必ずといってよいほど弱いところがあります。その弱いところを強くしようというのではなく、弱い臓器は強い臓器が支えてバランスをとろう、もしくは病気がこれ以上悪さをしないようにしよう、というのが、東洋医学を含めたHOLISTICの基本的な考え方です。
小林:西洋医学はえてして、病気と闘ってしまいますが、HOLISTICは受け入れるんですね。
山内:そうです。たとえば腫瘍の場合、西洋医学では手術や抗がん剤などかなり強い治療になりがちですよね。それを続けるには、動物にかなりの体力が必要ですし、飼い主さまには経済的にも精神的にも負担が大きくなります。だから、私のところにやってくる飼い主さんはもう疲れ果てて困り果てて、わらにもすがる思いでやってこられる方がいらっしゃいます。そういう場合、もちろんHOLISTICでも治療はしますが、それは腫瘍を治すための治療というより飼い主さまの気持ちを楽にするための治療といえるかもしれません。飼い主さまが楽にならないと動物も楽になることができないですから、まずは飼い主さまが前向きな気持ちで病気と向き合えるように時間をかけてたくさんお話をします。
こういう時間を持つことは、西洋医学では難しいかもしれませんね。
小林:西洋医学と東洋医学のそれぞれの良いところを併用して、場面に応じて使い分けられる体制が求められますね。
約30年前、ニューヨークのAnimal Medical Centerには、すでにペットの鍼灸を手掛ける東洋医学の先生がいました。日本でも今後、ペットの長寿化に伴って動物のための東洋医学のニーズがますます高まっていくのではないかと思います。
さらに、今は全世界的にESG(環境・社会・ガバナンス)の観点がますます重視される傾向にありますから、獣医学の世界でも化学物質である薬剤を多用する西洋医学よりも、環境にやさしい天然素材を用いる東洋医学が選ばれる場面も増えてくるのではないでしょうか。その意味でも、山内先生のように東洋医学に通じた獣医師の育成が、今後ますます求められるようになるでしょうね。私も年に1度、麻布大学の獣医学部で学生に講義する機会があるのですが、鍼灸や漢方薬の話をすると、学生たちは食いつくように聞いています。すごく関心が高いんですよ。
山内:獣医学部で東洋医学を教えている大学は日本ではまだほとんどありませんが、これから、増えていくと良いですよね。
私も今後は講演などを通じて、HOLISTICな動物医療の周知と人材育成のお手伝いをしていきたいと考えています。
小林:良いですね!期待しています。山内先生、今日はどうもありがとうございました。