ショートストーリー 猫とウィークエンドシトロンケーキ

食べる前からのレモンの香り。
フォークを入れると、サックリと切れる。
それでいて舌触りはしっとり、爽やかなレモンが口いっぱいに広がる。

砂糖で固められたケーキの表面は真っ白く輝く。
ケーキに飾られたレモンの皮は、点々と均等に置かれている。
降り積もった雪に跡を残すような、近い冬の訪れを思わせた。

月曜日から、やっとの思いで土曜日に辿り着いた。
週末になると、いつもそんな気持ちになる。
元気な先輩方は、金曜日になるとウキウキで週末の予定を語りだす。
ある人は恋人とのデート。
ある人は夫婦でドライブ。
自分の子供と過ごしたり、ボランティアに勤しむ人もいたりして、頭が下がる。
趣味を持っている人なんかは、一番の強者のように思える。

仕事の合間で趣味の準備をして、金曜日の夜なんかに出掛けたりしているのを見ると、私なんかはゾッとする。
なんで、そこまで体力があるのかと。

凡人の中の凡人で、無趣味、独り身、ネット依存が極まった私は、彼らのバイタリティにはついていけない。
金曜日の夜は、無制限の惰眠を得られる安心感からメイクも落とさずベッドに入り込む。
言うなれば、それが幸せだったりする。

そこからはルーティン。
休日でも仕事と同じようにルーティンワークをこなす。
昼前に起きて、部屋に散らばった服を一枚ずつ回収。
ちょっと埃をかぶった下着なんかをつまみ上げて、全部いっぺんに洗濯機に入れる。

適当にフローリングの埃を掃除機で取って、月曜日に出すゴミを袋にまとめて、シャワーを浴びる。

効率が悪くっても、それがルーティン。
メイクだけは丁寧に落として、好きな香りのシャンプーで髪を洗って、ボディーソープはよく泡立てた。
風呂上がりに、回っている洗濯機に舌打ちをする。
効率の悪さに嫌になるのも、もはやルーティン。

これが終わったら、携帯と少しのお金だけ持ってご飯の調達をする。
買い物に行くことだけが体を動かす時間。
途中気になってたケーキ屋に寄り、夕飯とお酒を少し買い込んだ。

帰り道、イチャイチャしながら歩くカップルが目に止まる。
温かそうだし元気だなー。
ここでも、だらしない私は思ってしまう。
このだらしなさに嫌気をさされて、数年前に彼氏も逃げていった。

わりとオシャレ好きなイケメンだったのだけど、男でも無理だと言われたのが記憶に新しい。
彼のことは好きだった。
オシャレを意識しすぎたちょっとダサいところが好みだった。
後ろ指指されて笑われてるのに、自分を貫いていてちょっと格好いいと思ったのだ。
それこそ、週末にアクティブになる先輩達を見る感覚で、憧れすらあった。

だけど、その意識の高さが私とは合わなかったみたいだった。
しかし、捨てる神あれば拾う神もある。
今日は私を拾った神も来るはずだ。

部屋に戻ると、ベランダからニャーと愛らしさの神の声が聞こえた。
カーテンを開けると神と目が合う。
それは真っ白な猫だ。
私は窓越しに挨拶をして、昼ごはんの用意をする。

自分の分は、ケーキ屋で買ったウィークエンドシトロンケーキを二切れ。
白い神の分は、猫用おやつ一本。
本当はエサをやってはいけないのだが、週末だけやってくる彼にはどうしてと甘くなる。

私は、チャムチャムと音をたてて食べる彼を窓越しに見つめながら、ウィークエンドケーキにフォークを入れた。
数年前の彼に教えてもらったケーキの由来。
それは、どんなに忙しくて会えなくても週末くらいは一緒にケーキを食べようという恋人達の願いだった。

今の恋人は、この白い野良猫なのだが、それでも週末くらいには会える誰かが居るというのは、私の決まった行動の中でももっとも幸福なルーティンだった。
猫がいつのまに居なくなり、木枯らし吹くベランダに、またおいでと声をかけた。

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