金曜日のショートショート13 お伽噺
一人暮らしで寂しいワンルームに、少しでも新しい風をと思いついた。
そして、生まれて初めてルームフレグランスとやらを買った。
私は正真正銘女子だが、女の子が好きそうなものは気恥ずかしくて買えなかった。
しかし、多忙からくるストレスは私に浪費をするように促した。仕事帰りに雑貨屋に寄り道した。
女の子っぽくて、いい香りのする雑貨屋は装飾もキラキラしていた。天井からぶら下がるモビールは蝶や星、猫などメルヘンチックなモチーフばかりだった。
そこで購入したのは、森のピクニックという可愛らしい名前のフレグランスミスト。店の中で一番、女子さが低そうだったから選んだだけで、特に意味はない。
家に帰り、綺麗だが色気のない部屋を見渡す。手の中にある小さなワインボトルのような容器のルームフレグランスが、滑稽に見えた。
「もっと女らしくしろよ」
別れたばかりの恋人の声が思い出された。
私は、半ばヤケクソで小さなワインボトルをワンプッシュした。
その瞬間、私の目の前は色気のないワンルームではなく、木漏れ日が暖かい森の一角へと様変わりした。
例えではなく本当に変わった。
自分の格好も、いつの間にかよれたスーツから赤い頭巾にエプロンドレス、持っていたフレグランスミストは本物のワインになっていた。
意味が分からず、森を進むと開けた場所に出る。リスやたぬき、きつね、ありとあらゆる動物が皿を配り、小鳥は花を飾り、蝶は辺りを舞って賑わわせていた。
中央には、サンドイッチ、ケーキ、クッキー、果実の盛り合わせなどなど、食べ物が充実していた。
カサリと音をたてて近づくと、動物達が一斉に私を見た。
訝しむ目に一瞬たじろいだが、視線の集まるボトルを彼らに向かって持ち上げる。
これが欲しいの?
そういう意味を込めたけど、どうやら正解だったようだ。
言葉は分からないが、動物達は可愛い鳴き声をあげて喜んでいる。
それからは、私も輪の中に入り森の奥でのピクニックを楽しんだ。サンドイッチは、野菜がシャキシャキと新鮮で、私のもっていたワインボトルは、これまで飲んだことのない美味しい果実酒だった。
目が覚めると布団の中で、夢を見ていたような心地だった。
しかし、口の中の果実酒の独特の香りは、やたら現実味を帯びていて幸せな気持ちで朝を迎えた。